ルース ベネディクト。 どちらが美徳? 日本人に根づく「恥の文化」と諸外国の「罪の文化」

ルース・ベネディクト

ルース ベネディクト

第2次世界大戦中、米国に「戦時情報局」という組織があった。 そこで敵国日本の研究に従事したのがルース・ベネディクトという女性だ。 「日本人の行動パターン」と題した報告書をまとめ、対日政策にも影響を与えた。 戦後、この論考を発展させた本が出版された。 1946年の初版以来、長く読み継がれている。 自分の振る舞いが世間からどのように評価されるか。 それが日本人の行動の指針である。 一方、仮に過ちを犯しても、「世間の知るところ」にならない限りさほど気に病まない、と指摘した。 海外メディアは伝える。 PCR検査率は低く、外出制限などの強制力もあまりない。 なぜ、感染者や死者が欧米に比べ少ないのか。 ノーベル賞を受賞した山中伸弥さんは、その謎を「ファクターX」と呼び解明が必要と説く。 やはり、人々が一斉にマスクを着用し、外出を控えた行動が大きいだろう。 「世間の目」が人々を律したのか。 だとすれば警戒を緩める空気が広がった時が心配だ。 いやいや、「菊と刀」の日本人論なんて古いよ。 と、否定したいところだ。 が、思い当たる節がないわけではない。

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ルース・ベネディクト:Ruth Fulton Benedict, 1887

ルース ベネディクト

日本人論の「古典」として読み継がれる『菊と刀』の著者で、アメリカの文化人類学者、ルース・ベネディクトが、1940年に発表し、今もロングセラーとなっている RACE AND RACISMの新訳。 ヨーロッパではナチスが台頭し、ファシズムが世界に吹き荒れる中で、「人種とは何か」「レイシズム(人種主義)には根拠はあるのか」と鋭く問いかけ、その迷妄を明らかにしていく。 「レイシズム」という語は、本書によって広く知られ、現代まで使われるようになった。 「白人」「黒人」「黄色人種」といった「人種」にとどまらず、国家や言語、宗教など、出生地や遺伝、さらに文化による「人間のまとまり」にも優劣があるかのように宣伝するレイシストたちの言説を、一つ一つ論破してみせる本書は、70年以上を経た現在の私たちへの警鐘にもなっている。 訳者は、今年30歳の精神科医で、自らの診療体験などから本書の価値を再発見し、現代の読者に広く読まれるよう、平易な言葉で新たに訳し下ろした。 グローバル化が急速に進み、社会の断絶と不寛容がますます深刻になりつつある現在、あらためて読みなおすべきベネディクトの代表作。 アメリカの文化人類学者。 ニューヨークに生まれ、コロンビア大学大学院でフランツ・ボアズに師事し、第二次世界大戦中は、合衆国政府の戦時情報局に勤務し、日本文化についての研究を深める。 晩年にコロンビア大学の正教授に任じられる。 阿部 大樹 (アベ ダイジュ) (翻訳) 1990年、新潟生まれ。 新潟大学医学部卒。 精神科医。 訳書にH・S・サリヴァン『精神病理学私記』(須貝秀平と共訳)。

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第2次世界大戦中、米国に「戦時情報局」という組織があった。そこで敵国日本の研究に従事したのがルース・ベネディクトという女 :日本経済新聞

ルース ベネディクト

文化の定義/文化概念の検討:ルース・ベネディクト:粘土でできたコップ 「文化」概念の検討 ルース・ベネディクト:粘土でできたコップ 解説: (Ruth Fulton Benedict, 1887-1948) にとって、文化とは、 当事者が当たり前のものとして自明視している、暗黙の前提のようなもので ある。 ベネディクトはしばしば、それを視覚と装着しているレンズ(=眼鏡)の比喩で語る。 "No man ever looks at the world with pristine eyes. He sees it edited by a definite set of customs and institutions and ways of thinking. " Benedict, Patterns of Culture, 1934:2. "There is another circumstance that has made the serious study of custom a late and often a half-heartedly pursued discipline, and it is a difficulty harder to surmount than those of which we have just spoken. Custom did not challenge the attention of social theorists because it was the very stuff of their own thinking: it was the lens without which they could not see at all. " Benedict, Patterns of Culture, 1934:9. ルース・ベネディクト:粘土でできたコップ:(Ruth Fulton Benedict, 1887-1948)は文化概念を「粘土のコップ」の隠喩で表象する。 粘土でできた器だ。 この器で彼らは自分 たちのいのちを飲んだ。 我々の器は今では壊れてしまった。 もう終わってしまったのだ (Benedict 1959:21-22)。 これはルース・ベネディクトが書きとめた ディガー・インディアンの首長ラモンの語りである。 ラモンの言う器 は、彼らの伝統的な儀礼体系にみられる独特の概念であるのか、それとも彼自身の思いつきであったのかは、彼女自 身も分からないという。 ベネディクトは、ラ モンたちが水を掬っていた器が失われて、もはや取り返しがつかないと述べるが、かと言って彼らが完全に絶望的な 状況の中に生きているというわけではないとも言う。 白人との交渉の中で生きるという、別の生き方の器は残されて いるからである。 つまり、苦悩の宿命を担ってはいるが、彼らは2つの文化の中で生きているからだ。 他方、ベネデ ィクトによると北アメリカの「単一のコスモポリタンな文化」における社会科学、心理学、そして神学でさえも、ラ モンの表現する「真理」を拒絶してきたし、そのような語りに耳を傾けてこなかった。 はたして自分たちの器を失い、別の器しか残 されていないラモンにとって、新たな器をもちうる ことが可能だろう か。 また彼らの器についてのみ議論すれば、我々はそれで事足りるだろうか。 ラモンの器は、ラモン個人が生み出し たメタファーであるのと同時に、ディガーの人びとが共有できるメタファーであり、また人類学者ベネディクトとの 対話の中で生まれた共感のメタファーでもある。 ラモンの器は、一種の象徴表現のひとつであるが、器それ自体は、 我々の用語法に従うならば媒体(メディア)のことに他ならない。 によるとカリフォルニア先住民のことであるが、採集狩猟生活から掘る人すなわちディガーと白人から命名された蔑称に由来する。 適切ではないが、自称名や、より適切な民族名称が見つかった場合には呼称を変更する予定であるが、ここでは引用どおり使っている。 『』(1934) 文化の相対性(ベネディクト) 「北西海岸がその 文化の中で制度化するために選び出した人間行動の局面は、われわれの文明にお いては異常とみなされている局面である。 しかしながら、それはわれわれが理解できるほどわれわれ自身の文化のもつ態度にたいへん近いものであり、その上に われわれはそれについて議論できうる明確な言葉をもっている。 われれわれの社会においては、誇大妄想的偏執狂的傾向はとても危険なものである。 その傾向は われわれのとりうる態度の中から、ひとつの選択を行わしめるものである。 ひとつは、その傾向を異常で非難されるべきものという烙印を押すことであり、これ はわれわれが自らの文明の中で選択した態度である。 もうひとつの態度は、その傾向を理想的人間像の根本的特質とすることである。 によれば、ベネディクトの『菊と刀』は、アメリカにおける従来の未開研究から複合社会研究へのパラダイム・チェンジの突破口と なった研究であると評価。 その特徴は「民族誌的現在の」日本人と日本文化の全体論的な研究にある。 (『「日本文化論」の変容』中央公論社,1990: 33) 日本研究における特色は、どんな行動でもお互いに体系的関係をもっているという「文化の型」 研究にもとづいて、「」の立場から、(従来、未開と文明という図式からお こなわれてきた研究に対して)「アメリカ対日本」という意識的な比較 を行おうとしたことにある。 (同書、pp. (同書,p. 37)。 そうすることによって、彼女は日本人の奇妙さに ついて読み進んでゆくにつれて、今度は逆にアメリカの読者自身の特異さに気づかせる効果をもっている。 (同書,p. 41) また、ベネディクトは、「好ましい文化的パターン」というものも、彼女の人類学の調査経験か ら構想し、講演等で発表していた。 彼女の構想の公表は、その後の戦争における敵国研究に巻き込まれて頓挫し、戦後の彼女の死亡により閉ざされてしまった が、参考になる文献は残されている。 Synergy: Some Notes of Ruth Benedict. by Abraham H. Maslow and John J. Honigmann. Source: American Anthropologist, New Series, Vol. 72, No. 2 Apr. , 1970 , pp. 320-333. 『菊と刀』(1946) 骨太の者 と してのルース・ベネディクトとしての側面を触れるのに次のようなエピソードがある。 『菊と刀』の原型は、アメリカ合衆国戦時情報局海外戦意分析課に、日本 が敗戦する直前に提出されたレポート「レポート25:日本人の行動パターン」やそれ以前に書かれたものからなる。 ベネディクトは、日本が戦争に負けてから も、連合軍の占領統治に関わる文化人類学者として米国の陸軍にさまざまなアドバイスをしている。 戦時情報局に勤めていた石垣綾子(1903-1996) は、陸軍の依頼を受けて、1946年7月にコロンビア大学にいたベネディクトに直接面談してインタビューをとっている。 その際に、彼女が陸軍に提出したレ ポートの中には「アメリカ式のデモクラシーを世界に押しつけるな」という発言があったという(『石垣綾子日記』1946年7月10日、岩波書店)。 残念な がら、このレポートの所在は現在は不明だということである[福井 1997:168-169]。 関連リンク• (1858 -1942)• (1891-1960)• 福井七子「「日本人の行動パターン」から『菊と刀』へ」『日本人の行動パターン』ルース・ベネディクト、福井訳、日本放送出版協会、 Pp. 139-172、1997年 その他の情報 Copyleft, CC, Mitzub'ixi Quq Chi'j, 1997-2099.

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