エドガー フーバー。 3/5 困難な時代を超えた40年愛…『J・エドガー』 [セクシュアルマイノリティ・同性愛] All About

J・エドガー の レビュー・評価・クチコミ・感想

エドガー フーバー

John Edgar Hoover 1 January 1895 — 2 May 1972 , better known as J. Edgar Hoover, was an American detective and the first Director of the of the United States. Hoover has been credited with building the into a larger crime-fighting agency than it was at its inception and with instituting a number of modernizations to police technology, such as a centralized fingerprint file and forensic laboratories. Later in life and after his death, Hoover became a controversial figure as evidence of his secretive abuses of power began to surface. He was found to have exceeded the jurisdiction of the , and to have used the to harass political dissenters and activists, to amass secret files on political leaders, and to collect evidence using illegal methods. Hoover consequently amassed a great deal of power and was in a position to intimidate and threaten sitting presidents. However, was recorded in 1971 stating that one of the reasons he did not fire Hoover was that he was afraid of reprisals against him from Hoover. President said that Hoover transformed the into his private secret police force: … we want no Gestapo or secret police. The is tending in that direction. They are dabbling in sex-life scandals and plain blackmail. Edgar Hoover would give his right eye to take over, and all congressmen and senators are afraid of him. — ジョン・エドガー・フーヴァー 1895年1月1日 — 1972年5月2日 は、の初代長官である。 1924年5月10日に司法省内の捜査局(Bureau of Investigation:BOI)の第6代長官に任命され、組織がに改称された後の1972年に死去するまで長官職にとどまった。 就任当時の第からまで、8代の大統領に仕え、これは現在に至るまで合衆国で、最も長く政府機関の長を務めた人物の記録となっている。 なお彼以降は長官任期は、10年に制限されている。 フーヴァーはを巨大な犯罪捜査機関として強化したことや、指紋ファイルや法医学研究所などの捜査技術の近代化と科学的な捜査手法を導入したことで称賛された。 晩年と死後、フーヴァーは権力の乱用が明らかになり賛否を呼んでいる。 彼はの管轄権を超え、政治的な反対者や活動家に対してを使って秘密ファイルを作成し、不正な方法を使って情報を収集したことが判明した。 その結果フーヴァーには権力が集中し、大統領をも脅かす存在となった。 伝記作家のケネス・アッカーマンはフーヴァーの秘密ファイルが大統領による罷免から彼を守ったという考えは誤っているとする。 しかしは1971年にフーヴァーを罷免しなかった理由の1つとして、フーヴァーからの報復を恐れていたと述べている。 によると、フーヴァーはを秘密警察へと変えた。 は次のように述べている:「ゲシュタポや秘密警察は欲しくない。 はその方向に向かっている。 彼らはセックススキャンダルと明らかな脅迫でをしている。 J・エドガー・フーヴァーは支配し、との全ての議員は彼を恐れている。 生い立ち ワシントンD. 生まれと自称していたらしいが、生い立ちの詳細はほとんど知られていない。 出生証明書は彼が43歳となった1938年までファイルされなかった。 よく知られる初期のプロフィールは、ジャーナリストのジャック・アレグサンダーが1937年にニューヨーカー・マガジンに執筆した物による。 実父は、連邦政府職員であったが心を病み療養生活に入っていた。 高校卒業後、アメリカ議会図書館で働きながら、ジョージ・ワシントン大学で学士号を取得後、1916年、ジョージ・ワシントン大学ロースクールを卒業。 1917年にはジョージ・ワシントン大学から法律学の修士号を取得、また司法試験にも合格した。 学生時代にフラタニティの1つである「カッパ・アルファ・オーダー」のメンバーとなった。 この図書館勤務でファイリング術を体得している。 司法省からへ 大学卒業後、司法省に入省し、在留敵国人登録課長としてその有能さをすぐに証明した。 1919年に司法省の新しい諜報部門の長となった。 1921年には捜査局副長官、1924年に29歳の若さで長官に就任した。 就任当時、捜査局には441人の特別捜査官を含むおよそ650人の職員が在籍していた。 彼はそれまで予算も少なく腐敗した弱小官庁だったの組織改革に意欲的に取り組んだ。 職員の私生活を調査し、不倫・同性愛・借金、さらには体重などを理由に次々に職員を解雇していった。 代わりにアメリカ全土から優秀な警察官を採用した。 ただ、フーヴァーは人種差別主義者であり、当時の捜査官に有色人種をほとんど起用しなかった。 一方、日系人の強制収容には「スパイと思しき者たちは真珠湾攻撃の直後にが既に拘束している」として反対し、罪と能力への偏見を明確に分けていた。 就任中は、1930年代のギャング狩り、中のスパイ摘発、戦後の期初期に台頭した(いわゆる赤狩り)には非米活動委員会と協調した諜報活動を行うなど、時代の要請に応じて様々な活動を指揮した。 こうした彼の指揮する諜報活動は連邦議会議員にまで及んでおり、そこで得たスキャンダル情報を盾に政治家さえも対応に窮するほどであった。 こうした中、捜査局は1933年に捜査部(Division of Investigation:DOI)に、1935年にに変革改名され、1939年にはが国内の諜報分野で卓越した能力と権限を持つことになり、1924年から1971年まではの予算審議をいっさい行えないほどの「聖域」を築いた。 1966年に長官としての功績に対し栄誉賞を受賞した。 Official and Confidential(公式かつ機密) フーヴァーは人々の情報、特にの記録とは別に非公式に政治家達の情報を収集してファイルに収録することでその影響力を蓄えていった。 アメリカ大統領を筆頭にした政権の閣僚のスキャンダルも収録していたため、大統領さえも彼に手を出せなかった。 『大統領たちが恐れた男』の原題である Official and Confidential(公式かつ機密)は、フーヴァーが収録したファイルの名前を元にしている。 「フーヴァー・ファイル Files of J. Edgar Hoover」には、有名人に対する恐喝や政治的迫害が記録されている。 は、自分が議員だった頃の電話を盗聴したのかフーヴァーに何度も電話で尋ねた。 は、海軍に勤務していた20歳当時、女性との性的な関係を実際に盗聴されてしまった。 政治家からの追及 1960年代の始め、議員のエドワード・ロングは聴聞会を開き、の盗聴を追及した。 フーヴァーはこれに激怒し、彼に命じられた側近と捜査官の2人が、ロングのスキャンダルをいくつか収録した「公式かつ機密」ファイルを本人に見せに行った。 以後、ロングの追及は尻すぼみとなった。 1961年に大統領に就任したもフーヴァーを免職しようとした。 フーヴァーはすぐにのもとに行き、もし免職したら自分が持っている情報(の女性問題や、自らも親しいなどのマフィアとの関係)を公開すると言い放ったという。 がを厳しく締め上げたとき、フーヴァーの片腕のクライド・トルソンは「誰かが奴を撃ち殺してくれればいいのに」と言い残している。 フーヴァーの死の直後、が部下に命じてフーヴァーの書斎を調査させた。 その「遺産」の内容を見たは激怒したと言われている。 その非公式の「遺産」は膨大な量だったと言われ、事実、秘書のヘレン・ギャンディが処分に数日を費やしたほどだった。 マフィアとの関係 競馬など賭博好きのフーヴァーは、当時度を超した影響力で非難が高まっていたものの、賭博に強い影響力を持っていたや、などのマフィアに対して、「の管轄外である」として強い態度に出ることはなかった。 また、マフィアから収賄があったことが死後明らかになっている。 私生活 フーヴァーが同性愛者であり、服装倒錯者だったという推測及び噂が生前から多く出回っていたが、上記のように自らの記録を残さないようにしていたこともあり明確な証拠は殆ど残されていない。 フーヴァーはのアシスタント・ディレクターであったクライド・トルソンと40年以上の付き合いがあり、彼らはしばしば共に休暇を取り、毎日昼食を共にとっていた。 トルソンとの関係を証明する写真をマフィアが所有していたという噂もある。 また、彼らは両方とも生涯独身であり、フーヴァーは1938年に母親が亡くなるまで母親と同居していた。 のメンバーでもあった。

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#25 最高権力者による不正

エドガー フーバー

J・エドガー・フーヴァー 初代長官 任期 1935年3月23日 — 1972年5月2日 大統領 代理官 クライド・トルソン 前任者 自身 捜査局長官 後任者 パット・グレイ 代行 捜査局長官 任期 1924年5月10日 — 1935年3月22日 大統領 前任者 後任者 自身 FBI長官 個人情報 生誕 John Edgar Hoover 1895-01-01 死没 1972-05-02 (77歳) ワシントンD. 墓地 議会墓地 () 教育 , 署名 ジョン・エドガー・フーヴァー( John Edgar Hoover, - )は、(FBI)の初代長官である。 5月10日に司法省内の捜査局(Bureau of Investigation:BOI)の第6代長官に任命され、組織がFBIに改称された後の1972年に死去するまで長官職にとどまった。 就任当時の第29代から第37代まで、8代のに仕え、これは現在に至るまでで、最も長く政府機関の長を務めた人物の記録となっている。 なお彼以降はFBI長官任期は、10年に制限されている。 フーヴァーはFBIを巨大な犯罪捜査機関として強化したことや、ファイルや研究所などの捜査技術の近代化と科学的な捜査手法を導入したことで称賛された。 晩年と死後、フーヴァーは権力の乱用が明らかになり議論の余地のある人物となった。 彼はFBIの管轄権を超え 、政治的な反対者や活動家に対してFBIを使って秘密ファイルを作成し 、不正な方法を使って情報を収集したことが判明した。 その結果、フーヴァーには権力が集中し、大統領をも脅かす立場となった。 伝記作家のケネス・アッカーマンはフーヴァーの秘密ファイルが大統領による罷免から彼を守ったという考えは誤っているとする。 しかしは1971年にフーヴァーを罷免しなかった理由の1つとして、フーヴァーからの報復を恐れていたと述べている。 大統領によれば、フーヴァーはFBIをへと変えた。 トルーマンは次のように述べている。 「や秘密警察は欲しくない。 FBIはその方向に向かっている。 彼らはセックススキャンダルと明らかな脅迫でちょっかいをだしている。 J・エドガー・フーバーは乗っ取るために右目をつけ、上院と下院の全ての議員は彼を恐れている」。 経歴 [編集 ] 生い立ち [編集 ] 生まれと自称していたらしいが、生い立ちの詳細はほとんど知られていない。 出生証明書は彼が43歳となった1938年までファイルされなかった。 よく知られる初期のプロフィールは、ジャーナリストのジャック・アレグサンダーが1937年にニューヨーカー・マガジンに執筆したものによる。 実父は、連邦政府職員であったが心を病み療養生活に入っていた。 高校卒業後、で働きながら、でを取得後、1916年、ジョージ・ワシントン大学を卒業。 1917年にはジョージ・ワシントン大学から法律学のを取得、また司法試験にも合格した。 学生時代にの1つである「カッパ・アルファ・オーダー」()のメンバーとなった。 この図書館勤務でファイリング術を体得している。 司法省からFBIへ [編集 ] 1932年のフーヴァー 大学卒業後、司法省に入省し、在留敵国人登録課長としてその有能さをすぐに証明した。 に司法省の新しい諜報部門の長となった(のパーマー襲撃を参照)。 には捜査局副長官、に29歳の若さで長官に就任した。 就任当時、捜査局には441人のを含むおよそ650人の職員が在籍していた。 彼はそれまで予算も少なく腐敗した弱小官庁だったFBIの組織改革に意欲的に取り組んだ。 職員の私生活を調査し、不倫・同性愛・借金、さらには体重などを理由に次々に職員を解雇していった。 代わりにアメリカ全土から優秀な警察官を採用した。 ただ、フーヴァーは主義者であり、当時のFBI捜査官に有色人種をほとんど起用しなかった。 一方、には「スパイと思しき者たちはの直後にFBIが既に拘束している」として反対し、罪と能力への偏見を明確に分けていた。 就任中は、1930年代の狩り、中のスパイ摘発、戦後の冷戦期初期に台頭した(いわゆる)にはと協調した諜報活動を行うなど、時代の要請に応じて様々な活動を指揮した。 こうした彼の指揮する諜報活動は連邦議会議員にまで及んでおり、そこで得たスキャンダル情報を盾に政治家さえも対応に窮するほどであった(後述)。 こうした中、捜査局はに捜査部(Division of Investigation:DOI)に、に連邦捜査局(Federal Bureau of Investigation:FBI)に変革改名され、にはFBIが国内の諜報分野で卓越した能力と権限を持つことになり、1924年から1971年まで連邦議会はFBIの予算審議をいっさい行えないほどの「聖域」を築いた。 にFBI長官としての功績に対し栄誉賞を受賞した。 Official and Confidential(公式かつ機密) [編集 ] 1959年のフーヴァー フーヴァーは人々の情報、特にFBIの記録とは別に非公式に政治家達の情報を収集してファイルに収録することでその影響力を蓄えていった。 アメリカ大統領を筆頭にした政権の閣僚のスキャンダルも収録していたので、大統領さえも彼に手を出せなかった。 『大統領たちが恐れた男』の原題である Official and Confidential(公式かつ機密)は、フーヴァーが収録したファイルの名前を元にしている。 「フーヴァー・ファイル Files of J. Edgar Hoover」 には、有名人に対する恐喝や政治的迫害が記録されている。 ジョンソン大統領は、自分がだった頃の電話を盗聴したのかフーヴァーに何度も電話で尋ねた。 ケネディ大統領は、海軍に勤務していた20歳当時、女性との性的な関係を実際に盗聴されてしまった。 政治家からの追及 [編集 ] 1960年代の始め、上院議員のエドワード・ロングは聴聞会を開き、FBIの盗聴を追及した。 フーバーはこれに激怒し、彼に命じられた側近とFBI捜査官の2人が、ロングのスキャンダルをいくつか収録した「公式かつ機密」ファイルを本人に見せに行った。 以後、ロングの追及は尻すぼみになった。 に大統領に就任したもフーヴァーを免職しようとした。 フーヴァーはすぐにケネディのもとに行き、もし免職したら自分が持っている情報(ケネディの女性問題や、自らも親しいジアンカーナなどのマフィアとの関係)を公開すると言い放ったという。 がFBIを厳しく締め上げたとき、フーヴァーの片腕のクライド・トルソンは「誰かが奴を撃ち殺してくれればいいのに」と言い残している。 フーヴァーの死の直後、が部下に命じてフーヴァーの書斎を調査させた。 その「遺産」の内容を見たニクソンは激怒したと言われている。 その非公式の「遺産」は膨大な量だったと言われ、事実、秘書のヘレン・ギャンディが処分に数日を費やしたほどだった。 マフィアとの関係 [編集 ] など好きのフーヴァーは、当時勢力を強めていたこともあり存在感とともに非難が高まっていたものの、賭博に強い影響力を持っていたや、などのに対して、「FBIの管轄外である」として強い態度に出ることはなかった。 また、マフィアから収賄があったことが死後明らかになっている。 私生活 [編集 ] クライド・トルソン ()(左)とフーヴァーが1939年にロサンゼルスのビーチでくつろいでいるところ。 フーヴァーがであり、服装倒錯者だったという推測及び噂が生前から多く出回っていたが、上記のように自らの記録を残さないようにしていたこともあり明確な証拠は殆ど残されていない。 フーヴァーはFBIの副長官 Associate Director であったクライド・トルソンと40年以上の付き合いがあり、彼らはしばしば共に休暇を取り、毎日昼食を共にとっていた。 トルソンとの関係を証明する写真をマフィアが所有していたという噂もある。 また、彼らは両方とも生涯独身であり、フーヴァーはに母親が亡くなるまで母親と同居していた。 のメンバーでもあった。 関連作品 [編集 ]• 『フェニックスの弔鐘』 第36回受賞作• ドキュメンタリー『葬られた歴史の真相』シリーズ 第6回『J. エドガー・フーバーの秘密』()• 『』 - 監督による伝記映画。 がフーヴァーを演じる。 - 第8シーズン第10話の「スプリングフィールド・Xファイル」というエピソードに、上記の服装倒錯者であったという噂を元にしたような肖像画が一瞬映るシーンがある。 第3シーズンより登場。 劇中ではアメリカ東海岸を支配した大ナチス帝国の軍門に降っており、北アメリカ情報局長として登場。 『マンガで分かる! 女主人公が作り上げたうどんサーヴァントの一人でクラスはアサシン。 真名は2019年現在も隠しているが2017年に刊行された単行本1巻にて「真名は秘密ですが初代FBI長官」と真名がフーヴァーであること暗に仄めかしている。 関連書籍 [編集 ]• 『FBI 独裁者フーバー長官』(ウィリアム・サリバン(元FBI幹部捜査官)、ビル・ブラウン(ジャーナリスト)共著、、新版2002年、ISBN 4122039991)• 『大統領たちが恐れた男 FBI長官フーヴァーの秘密の生涯』(アンソニー・サマーズ、 1995年/ 上下 1998年 ISBN 4102126112、ISBN 4102126120)• 『フーヴァー長官のファイル』(カート・ジェントリー、 上下、1994年、ISBN 4163485503、ISBN 4163485600)• 『FBIフーバー長官の呪い』(マルク・デュガン、、2007年、ISBN 4167705435)• Microsoft Corporation. 2008. の2009年11月1日時点におけるアーカイブ。 "Hoover, J. Edgar", The Columbia Encyclopedia Sixth ed. Columbia University Press. 2007. Documented in Cox, John Stuart; Theoharis, Athan G. 1988. The Boss: J. Edgar Hoover and the Great American Inquisition. Temple University Press. 0-87722-532-X. and elsewhere. Britannica Concise Encyclopedia. Ackerman, Kenneth 2011年11月9日. The Washington Post. Wines, Michael 1991年6月5日. The New York Times. Summers, Anthony January 1, 2012. The Guardian. Gentry, Curt 2001 , J. Edgar Hoover: The Man and the Secrets, New York: Norton, p. 244, 0393321282• 現代史研究者のAthan Theoharis, editor(Hardcover:1991、Paperback:1993) From the Secret Files of J. Edgar Hoover.「フーヴァー長官の秘密ファイル(未邦訳)」、Ivan R. Dee, Publisher. ISBN 1566630177. がある。 Terry, Jennifer 1999. An American Obsession: Science, Medicine, and Homosexuality in Modern Society. University of Chicago Press. 350. ISBN 0-226-79366-4. 参考文献 [編集 ]• Adams, Cecil December 6, 2002. The Straight Dope. Elias, Christopher 2015年9月2日. Slate. Silberman, Laurence H. 2005年7月20日. Wall Street Journal. TIME. 1975年12月22日. Yardley, Jonathan 2004年6月26日. 関連項目 [編集 ]• 外部リンク [編集 ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 英語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。

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アメリカを支配した男──FBI長官ジョン・エドガー・フーバー The Incidents

エドガー フーバー

FBI 初代長官にして、48年もの間トップに居続けた男。 犯罪者逮捕のために当時はまだ存在しなかった科学捜査を取り入れ、重大犯罪を数多く解決に導いた彼の功績は大きい。 しかし長く権力の座に居続けた結果、ご多分に漏れず彼は腐敗してゆく。 自らが作り上げたシステムをいつしか彼は私物化し、諜報活動で得た情報は捜査だけにとどまらず彼の地位を脅かす議員に対する牽制としても利用されるようになり、時の大統領でさえ彼には容易に手出しが出来なくなる。 48年もトップに居続けられた所以であろう。 大統領をも恐れぬ大胆でかつ狡猾な彼だが、プライベートでは繊細な一面もあわせ持つ。 結婚が叶わず、母から自立できない彼はその地位が上がるほど母への依存度が増してゆく。 女性とのダンスは嫌だと母に泣き言を吐いたり、あげくには母を亡くした悲しみに耐えきれず母のドレスを羽織ってしまうほどの依存ぷり。 図書館の検索システムを犯罪捜査に活用し指紋データを一括処理したりと、作品は彼の功績を描くとともに彼の人間的な弱さも如実に描いている。 公人としてのフーバーはとんでもない人物だが、私人エドガーはどこか憎めない人間的弱さを持つ人間として描かれており、とても見応えのある作品で、イーストウッドの他の作品と何ら遜色ない出来栄え。 またボーイズラブとしても、演ずる俳優のお陰か、プラトニックな美しいものに描かれていて良かった。 ネタバレ! クリックして本文を読む 人柄も功績も賛否両論ある人物を主人公に据えると、一体どんな作品になるのだろうと思って観ました。 純粋な愛国心溢れる貢献者なのか、それとも権力者達を影で操る独裁者なのか。 謎に包まれた私生活も作品の通りかは分かりませんが、本人を含めごく数人しか真実を知らないのですから、断定を避けつつ、公平な推測に基づいて表現するのは苦労したことでしょう…。 全体的には少々地味な作品でした。 ゲイの脚本家だから書けたロマンチックな同性愛。 Do you understand? I need you. フーバーと言う人を知ってる人なら、また違う視点で描かれてたりして、なるほどと思うのかもしれないが、無知な僕からするとFBIを作った人はこういう人だったんだ…で終わってしまう。 たぶんフーバーと言う人の認識は傲慢で権力を振りかざし、人を下に見るような偉そうな人なんだと思うけど、その裏では母親しか信用できる人がおらず、孤独で自分に自信がない裏の顔もあったとと言う事なのだろう。 自伝が偽りと作り話で出来てたというのが人生を表しているというか、悲哀に満ちててなんとも言えなかった。 インタビューを取りながら偽りの派手な人生を見せると言う見せ方がよかった。 映画や物語の表現において、セックスとケンカは一緒なんだなと思った。 トルソンがいて良かったね。 ネタバレ! クリックして本文を読む FBIはだれでも知っているが、その創始者フーパーについて知る人は、日本にはほとんどいないだろう。 もちろん自分も含めてだが。 そのフーパーの人となりというのだろうか、映画を観るにつれて思ったのは、ここに描かれているフーパー像は、おそらくディカプリオがこれまでに映画でやりたかったことの集大成に違いない。 (ほぼ)同年代ということもあり、デビュー当時からずっと応援してきたディカプリオ。 彼はこの映画で、これまでやりたかったことをきっとほぼすべてやり遂げることができたに違いない。 そう思ってつい「泣ける」にチェックを入れてしまったが、フツーにこの映画を観て「泣く」ことはまずない。 たぶん。 昔から老け役(というか役の晩年とか)を自分でやるのが好きだったディカプリオ。 かつては、ただ付け髭を付けただけで童顔がよけいに目立ってしまったとかずさんな仕事ぶりが多かったが、今回の老けメイクにまるで違和感がなかったのは彼が年取って自前で老けてきたからなのか、それともメイク技術が格段に向上したからなのか……そう思うとまた目頭が熱くなる。 しかし泣く子も黙る「FBI」の権力者なんて、はたから見たら超絶エリートで近寄れんはずだが、やっぱり人っていろいろあるのね~、天は二物三物与えても必ず一つは奪うのね~などとしみじみ思ってしまう。 最初らへんのナオミ・ワッツ扮する秘書(最後までナオミだと気が付かなかった)との最初のデートでいきなりひざまずいてプロポーズし、こっぱみじんに断られるシーンは妙に哀れを誘い、また泣けてしまった。 エリートも屈折してんだな~、エリートって完璧じゃないんだね……そうだ、人って完全無欠じゃなくっていいんだ、弱みがあってもいいんだ……とこの映画はきっと勇気を与えてくれる。 んなわけないか。 でも最後は、フーパーが心から分かり合えるパートナーに出会えて本当によかった。 床に倒れているディカプリオの腹のたるみ具合が、別の意味でまた涙を誘ったが。 ネタバレ! クリックして本文を読む FBI初代長官の話。 今までほとんど知らなかった。 途中からは「FBIはじめて物語」「FBIを作りあげた男」というサブタイトルを自分で勝手につけて観るようにすると入り込めた。 無理やり日本のイメージで言えば、警察がなかったころに警察庁という組織を作り上げたようなもの。 「8人の大統領が恐れた男」は、3. のことを言っているのだろうけれど、大統領全員との生々しいやりとりが描かれているわけではないので(そうするといろいろ問題があるのかもしれない)、ちょっとずれたコピーだなと感じる。 国会図書館のすべての資料に対応した目録カードをつくり、管理できるようにした(無整理情報のデータベース化) 2. 犯罪現場の指紋をとるなどまったくされていなかった時代から、それを重要視するようにした(指紋のデータベース化) 3. 特に、リンドバーグ法を成立させるために、冷静でよどみのない、演説のような証言シーンに2分くらい使っていた。 字幕翻訳の人も大変だったろうなと思いつつ、ここは聞き応えがある。 また、最初のほう、国会図書館の室内を真上から見下ろすカットもなかなか。 本物なのかはわからないけれど、「SP 革命編」の国会議事堂(よく見ると惜しくも作り物とわかってしまう)に比べると、かなり "本物感" があった。 ただ、特に前半、いい意味でいえば「抑えた色調」なのだけれど、全体の色味が地味なために、視覚に訴える起伏が少なくてちょっと退屈だった。 たとえば、捜査員のコートはグレーか黒、せいぜい濃い茶色。 自動車や建物は、もう少し明るい色調のものも絶対にあったはずなのに、出てこない。 しかしこれも、口ひげがあるだけで捜査員を解雇したとか、華美な服装を極力排した、というエドガーの厳しいポリシーを示していたのかもしれない。 代わりにアメリカ全土から優秀な警察官を採用して、とにかくFBIを格好いい英雄的存在として世間に印象付けていく。 フーバー長官は人種差別主義者であり有色人種をほとんど起用しなかった。 そして腹心として起用したクライド・トルソン、そして秘書のヘレン・ガンディも同性愛者だったことも分かってる。 映画はそんなフーバー長官が自分の武勇伝を話す形で進行するけど、もはや何が嘘で何が本当なのか分からないくらい逸話の多い人物で、自分でも何が本当なのかも分からないくらい混乱していることが、過去のエピソードが時系列も関係なくどんどん挿入される形で映される。 年取ってからのフーバー長官の佇まいと言い、実に見事に演じてる。 あれは実際に記録が残ってるそうで、部屋中を破壊しまくったというのも事実らしい。 その死体をこれでもかというほど醜悪な老人の死体に見せる。 フーバー長官は最悪な人間だったかも知れないけど、トルソンとガンディにとっては大事な人だった。 死んでからフーバー長官が持ってた極秘文書を何日もかけて全部シュレッダーにかけるシーンも、フーバーにプロポーズされて以来ずっと秘書として仕えることで一途に貢献したガンディだからこそ。 C 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. 「WAVES ウェイブス」 C 2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. 「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」 C 2019 Gravier Productions, Inc. 「デスカムトゥルー」 C IZANAGIGAMES, Inc. All rights reserved. 「ドクター・ドリトル」 C 2019 Universal Pictures. All Rights Reserved.

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