思ひ つつ 寝れ ば や 人 の 見え つ らむ 夢 と 知り せ ば さめ ざら まし を。 歌の背景

小野小町について。

思ひ つつ 寝れ ば や 人 の 見え つ らむ 夢 と 知り せ ば さめ ざら まし を

意味は、 あなたのことを思いながら寝たので、あなたは夢にあらわれたのでしょうか・・・夢だとわかっていたならば、目をさまさなかったものを・・・ てなかんじです。 小野小町は楊貴妃・クレオパトラとならんで世界での3大美女といわれてます。 それから、習ったとおもいますが、百人一首にも「はなのいろは~」の短歌のっていますよね。 個人的には小野小町よりも古い時代の短歌とかのほうが個人的にはとってもすきなんですが・・・ もしも「小野小町」じゃなくて短歌や相聞歌に興味がおありでしたら、角川文庫から出版されている「恋ノウタ~せつなくて」と「恋ノウタ~愛しくて」がおすすめです。 著者は三枝克之さんです。 学校で習うよりもずっと実生活に密着した?おもしろい本です。 恋の短歌ばっかです。 参考URL: 「まし」については、反実仮想の意味にも読めますが、むしろ、わたしは、「希望・願望」の「まし」だと取るのが意味的に通ると思います。 解釈しますと: 「好きな人のことを恋しく思っていて眠ると、夢にその人がどうしてか現れた。 夢だと知っていたら、目覚めなかった方がよかったのに……(しかし、残念なことに目覚めてしまった)」。 「寝てみると、眠ってみると」という風に、「条件」を意味します。 「見えつらむ」は、「見え+つ+らむ」で、「つ」は完了の助動詞、「らむ」はこの場合、「原因・理由をいぶかしんでいる感情」を表す助動詞です。 従って、「どういう訳か見えた・会えたのだった」という意味になります。 そういえば、小野小町は、どういう人かという質問が過去ありました。 >No. 204910 質問:小野小町像とは > また、古代の美女の代表は、紫の眸を持つ「元正女帝」だと昔は決まっていたという説もあります。 小野小町の時代にも美女は、元正女帝だったのです。 しかし、段々元正は忘れられて、代わりに小野小町が美女の座にのったようです。 次のページに、そういう説が書かれています: >持統天皇(高天原広野姫天皇)は女性なんですか? > 参考URL: 訳に関しては、MugiMugiさんのでいいかと思います。 ので、私は、この歌に使われてる文法について。 を作ってます。 この2つの文法は、試験に出やすいところです。 覚えておくと、いいかもよ。 A ベストアンサー 和歌はまずは「国歌大観」(日本の和歌がすべて載っているの本)で調べましょう。 地域の図書館や、大学図書館にあります。 「思ひつつ」で調べて どの和歌集に入っているか調べてみましょう。 どの和歌集に入っているかわかったら その和歌集の全集で調べてみます。 訳などが載っている本に時々製作の背景が載っています。 いちおう検索にひっかかったHPを載せておきます。 けれど「参考」にするだけにして下さい。 人の意見を自分の意見のように書くことはいけないことと ルールで決まっているので… 高校か大学生かわからないけれど 調べる努力をしてみて下さい。 自分で一生懸命調べた和歌は、一生忘れないものです。 nifty. html.

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小野小町について。

思ひ つつ 寝れ ば や 人 の 見え つ らむ 夢 と 知り せ ば さめ ざら まし を

思ひつつ 寝(ぬ)ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば さめざらましを (古今和歌集 一二 五五二 小野小町) 『夢なら覚めなきゃ良かったのに!』それは今も昔も同じようです。 夢というのはもともと 「寝目(昔は「いめ」といいました)」が変化したものだそうです。 (夢と書いてそのまま「いめ」と読ませることもあります。 ) 「眠りについたときに初めて開く心の眼、そしてそれだけが見ることの出来るもの、それが夢である。 」、国語辞典が当時あればこんな解説がされていたかも。 (古語で解説できないので現代風ですけど。 ) もしそうだとすれば、 『心の眼が濁っていたら夢を見ることができない!』と考えても不思議ではありません。 心に目薬を差した後のように純粋な心で思い続ければ、好きな相手を夢に見ることができ、そしてやがて現実の世界でも恋愛が成就する、いいなあそういうの。 そういえば、最近いい夢を見ていないような。 心に目薬が必要だったりして。

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NHK高校講座

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小野小町のプロフィール 小野小町(おののこまち)生没年不詳。 平安時代中期、9世紀頃の女流歌人。 六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の一人でもあります。 小野小町は何をした人? 六歌仙の一人 小野小町は、 歌人としてとても高く評価されています。 その歌は『古今和歌集』にも載っており、在原業平や大伴黒主と一緒に六歌仙(古今和歌集の代表的な6人の歌人)としても選ばれています。 歌風は情熱的な恋愛について詠まれたものが多く、どこか憂慮と哀愁を漂わせます。 絶世の美女と称されるからには、きっと恋愛事に関しても並みの人の比にならない経験を積んでいるに違いありません。 そしてそんな彼女だからこそ、彼女にしか分からない苦労や不安、苦悩も多かったのでしょう。 本当に手に入れたいものは手に入れられない、美女ならではの悩みもあったと推測できます。 寂しさが伝わって来る、美しい和歌ですよね。 他にも、「せめて夢だけでも」という想いは表された歌が多くあり、当時の恋愛に関してのもどかしさを感じさせます。 女性の繊細な心理をありのままに詠った小野小町は、まさに歌の名手だったのです。 小野小町を主題にした作品が多数存在 小野小町自体を主題にした作品は数多く存在しており、まとめて 『小町物』と呼ばれることもあります。 例えば能では、小野小町を題材にした「七小町」という七つの謡曲があり、和歌の名手である小野小町を讃えるものや、年老いて乞食になった彼女を描いたものなど様々な内容が含まれていました。 また、歌舞伎や御伽草子にも用いられ、どれも絶世の美女であった小野小町を描いています。 存在そのものがテーマにされるほど、彼女が後世に残した影響は強かったのですね。 小野小町のエピソード・逸話 お墓が全国に点在しており、どれが本物かは未だ判明していない 生まれた年も、亡くなった年も分かっていない小野小町。 それだけならいざ知らず、そのお墓ですら未だ正確なものは確定できていません。 というのも、なんと 彼女のお墓は全国に存在しているのです! 北は秋田から南は山口まで、様々な場所に『小野小町の墓』があり、その各地で別々の伝承が残されているようですが、本物がどれかは分かっていません。 また、一説には、これだけ多くの墓があるにもかかわらずそもそも本物の墓自体が作られていない可能性すら示唆されていると言います。 まとめ• 絶世の美女として数々の逸話があるが、生まれや没年、出身地すら未だ不詳な部分が多い• 和歌の名手であり、儚い恋心を詠んだものが多かった• 小野小町を主題とした数々の作品が後世に作られた• 彼女が眠るとされるお墓が全国に存在しており、本物は未だに断定されていない 小野小町については、現在では和歌や創作物の中でしかその素性を知ることが出来ません。 しかし、現代においても「絶世の美女」と評され続ける彼女は、きっと本当に美しかったのでしょう。 儚い恋愛についての和歌を多く残していたということは、それだけ恋焦がれていた人物が当時存在し、その恋は簡単には叶わなかったということだと思います。 美女と語り継がれるその裏には、彼女にしか分からない多くの苦労があったのでしょうね。

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