終末 の フール。 『終末のフール』徹底ネタバレ解説!あらすじから結末まで!|よなよな書房

『終末のフール』の“太陽のシール”を読み終えました。: CENTRAL

終末 の フール

要約:Executive Summary• 『終末のフール』のハライチっぽさが、くり返し発見されています。 厳密には、『終末のフール』がハライチではなく、ハライチが『終末のフール』です。 ハライチ風に『終末のフール』をダイジェストしてみました。 ワタナベエンターテインメント>アーティスト一覧>より くり返される「発見」 ある日こんなツイートがバズっていました。 ハライチだ — 井上唯 yuimr0913 しかしハライチの発見はこれが初めてではありません。 調べてみると、2016年にも同様のツイートがもっとバズっていました。 実家で伊坂幸太郎読んでるんだけど、各章の題のハライチ感で内容が全然入って来ない助けて。 これが学会の発表なら、「初歩的な質問で大変恐縮ですが」などの持って回った前置きで「先行研究」の存在を指摘されてしまうのが関の山ですが、ネット世間すべてが研究論文とかの世界でもないのでオッケーです。 まとめると、古来いろんなところでいろんな人が同じように『終末のフール』のハライチ性を発見し、そして発信しているということです。 それでいいと思います。 厳密には、ハライチが『終末のフール』 ネット世間では「ハライチみたい」という言いぐさが多数派ですが、時系列上の事実関係からすれば、『終末のフール』が先です。 『終末のフール』の単行本刊行は2006年、初出は2004~2005年の「小説すばる」誌です。 (文庫版より)• 一方、ワタナベコメディスクール第2期入学をハライチの結成時点とすれば、2005年です。 (参考:、) それでも微妙に重なってるヤーツ。 ハライチ風『終末のフール』ダイジェスト(1)読んでない人バージョン 『終末のフール』を読んでいない人のために、読んでいない私があらすじを要約してみました。 少しだけこちらを参考にしました。 なんかぼーっとしちゃってね。 うわっ!どっさりじゃないですか。 全然起きませんけど。 クマかな。 クマなのかな。 夜だけに。 あそこに何か立ってますね。 ハライチ風『終末のフール』ダイジェスト(2)読んだ人バージョン 読むとこんな感じですかね。 終末のフール 「ずいぶんあからさまにいましたねえ」 「馬鹿でもいいじゃないですか」 「そうか」 太陽のシール 沈み掛けの太陽は、綺麗な円形をしていて、空に貼りついたシールのように鮮やかだった。 籠城のビール ビールで乾杯かよ 冬眠のガール 「それから、あなた、冬眠するって聞いたわ」 鋼鉄のウール 不思議なもので、苗場さんの外見は、まさに鋼鉄を思わせる堅牢強固な印象があるし、 天体のヨール 「夜だよ、夜、ヨール、ヨール」 演劇のオール 「演劇とは、人生を漕ぐオールのようなものだ」 通訳の訳し間違いだった、とわたしは踏んでいる。 深海のポール ここは深海だよ、.

次の

『終末のフール』:伊坂幸太郎【感想】|この命をあきらめない。生きる道のあるかぎり。

終末 の フール

この本で、私は「いかにして日々生きていくか」ということを学んだ。 終末のフールは短編集だが、どの設定も「3年後に地球に隕石が落下してしまう」ということ。 登場人物たちはどう生きるか悩みながらも、皆が自分らしい選択をする。 その何パターンかの人生を読んでいるうちに、3年後に隕石が落下しなくても、自分の人生には限りがあるではないか、と思った。 そして、だからこそ私自身も日々自分らしく生きていくべきではないかと。 この本を読んだ時、私は就職して1年ほど経った時で、仕事がとにかく辛かった。 面白くなかった。 食品の開発職に就いていたが本当に自分にこの職業が合っているのか甚だ疑問に思い始めていた。 しかし、「お金のため」、「一年で辞めたらかっこわるい」「転職大変そう」など、様々な理由をつけて、現状を我慢して過ごそうとしていた。 笑顔がなく、淡々と過ごしていた。 そんな中、この本の登場人物の人生を読み、皆が自分らしく、かつ、楽しく過ごそうと道を切り開いていることを感じた。 3年後みんな死んでしまうことはわかっているけれども、子供を産むという選択をした夫婦、ボクシングの練習を日々続けているボクサー、自殺することをやめた家族。 どれも大きな決断だと思った。 隕石のおかげで決断できた者が大半だったが、ボクサーに関しては隕石が落ちようと落ちまいと自分の生き方は変わらないと言う男性だった。 現実では、隕石が落ちることは近いうちはなさそうだ。 では、私はボクサーの考えのようになろうと思った。 そして他の登場人物と同じように、苦しいことから逃げず、自分が楽しめる道を歩もうと思った。 そして、私は大きな一歩を踏み出し、転職活動を始めた。 そして、元々人と話すことが好きな私は現在接客業をして楽しく過ごしている。 例え明日のニュースで隕石が落ちることがわかっても、私はこの仕事を続けるだろう、と思うほどの情熱で。 そうだ、こういう人生を送りたかったのだと思った。 いつ自分の人生が終わろうとも、自分らしく楽しく生きることで後悔のない人生を送っている充実感が日々私を満たしてくれている。 (20代女性).

次の

「終末のフール」のネタバレ&あらすじと結末を徹底解説|伊坂幸太郎

終末 の フール

『終末のフール』は伊坂幸太郎さんの才能が最も輝いていた時期の短編小説です。 いや、「才能が輝いていた」というよりも、伊坂幸太郎さんの作品が個人的にものすごく好きだった時期の作品ですね。 『終末のフール』の舞台は、 「8年後に小惑星が落ちてきて地球が滅亡する」と言われてから5年後の仙台。 最初に政府が「小惑星が落ちてくる」と発表したときは世の中がパニックになり、強盗、殺人、暴力、何でもありの北斗の拳のような世の中になってきました。 街は荒れ果て、事故が多発し、真偽不明のデマが流れ、警察官までもが自暴自棄になって街の治安を放棄していました。 それから5年が経ち。 街はなぜだか落ち着いて、束の間の小康状態に入りました。 これが『終末のフール』の舞台です。 このままでは小惑星が衝突するよりも前に、この世は終わってしまうのではないか、と皮肉に感じるほどの荒れ方で、よくもまあ生き延びたものだ、と私は自分自身で感心している。 それが今年に入り、べつだん、示し合わせたわけでもないのだろうが、急に穏やかになりはじめた。 略奪や暴動について厳しく取り締まられることになったのも大きな要因だろうが、それ以上に、たいていの人間が諦めはじめたからではないだろうか。 恐怖に耐えきれない者はおおかた死んでしまったし、生き残った者たちは、いかに残りの時間を有意義に暮らそうか、と考えはじめたのではないだろうか。 『終末のフール』の1ページ目に書かれている言葉は以下です。 そして世界が終末を迎えないとしても、今日という日が残された日々の最初の一日であることに変わりありません。 明日から世界が変わっても後悔しないように生きていかなければ。 『終末のフール』は8つの短編が収録されていて、それぞれで別々の人々の物語が綴られています。 中でも僕が一番好きなのは、「鋼鉄のウール」と題された短編です。 「鋼鉄のウール」の登場人物である苗場の言葉が身に沁みます。 鋼鉄のウールの概要 「鋼鉄のキックボクサー」と呼ばれた格闘家がいた。 苗場さんだ。 苗場さんがジムに入ってくると、ジム内の雰囲気が変わった。 ジムの中を舞っていた埃がすっと沈んで、空気が塩をまぶされたように引き締まるのがわかる。 苗場さんは「僕」にとって、特別な格闘家だった。 少なくとも5年前までは。 5年前、「小惑星が落ちてくる」と発表された時、世の中がパニックになって、ジムに通うどころではなくなった。 外は危険なので、自分の部屋から出てはいけないとも言われた。 日々、小惑星の恐怖に晒されて、「僕」の父親は頭がおかしくなってしまった。 もともと小柄で、勤勉な印象の強い父だったが、神経質な小動物のように、臆病な態度を取るようになった。 食事の最中に、わっと泣き出したり、奇声を上げたり、母に殴りかかったりもした。 父親の顔は見たくないし、5年経って街が少し落ち着いたこともあり、なんとなくジムの様子を見に行ってみた。 ジムが残っているとも思っておらず、そこで練習している人間がいるなんて万が一も思っていなかった。 けれどジムを通り過ぎる直前に、耳に音が飛び込んできた。 「あ」と言ったまま、口が閉まらなかった。 窓の向こう側、ジムの中で、会長がミットを構えていたのだ。 苗場さんがローキックを連発している。 鍛えられた身体から、汗の飛沫が飛ぶ。 夕日がそれに跳ね返る。 苗場さんと会長。 この二人だけは五年前と変わっていなくて、小惑星や隕石とは無関係のようだった。 「だいたい、会長と苗場さんはいつから、ジムに来ているんですか?」 「ずっとだな」会長が顔を伏せ、笑った。 「ずっと? あんなに大騒ぎだったのに?」 「あいつは、今がチャンスだって言ってるぜ」 「今がチャンス?」 「他のジム生は誰も来ていないだろ? だから今のうちに練習を積んで、さらに強くなるチャンスだってな」 「というよりも、うちはおろか、国内でも敵なしだったじゃないですか、苗場さんは」 「あいつの偉いのは、驕らないところだよ。 いつだって、危機感を抱いてる」 「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」 苗場さんは、世界が終わると発表されてからも以前と全く変わらずに、ひたすらにローキックの練習をし続けていたのだった。 あるとき「僕」はジムの更衣室で、苗場さんとタレントの対談記事が載っている雑誌を見つけた。 そのときの苗場さんの受け答えが良い。 饒舌さが売りの、派手なその俳優と、無口で愛想がない苗場さんとのやり取りはあまりに噛み合わず、気の利いた掛け合い喜劇のようで可笑しかった。 しゃがんだ姿勢のまま、全部、読んだ。 「苗場君ってさ、明日死ぬって言われたらどうする?」 俳優は脈絡もなく、そんな質問をしていた。 「変わりませんよ」 苗場さんの答えはそっけなかった。 「変わらないって、どうすんの?」 「ぼくにできるのは、ローキックと左フックしかないですから」 「それって、練習の話でしょ?というかさ、明日死ぬのに、そんなことするわけ」 可笑しいなあ、と俳優は笑ったようだ。 「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」 文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。 「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」 ぼくは目をすっと瞑り、少しの間、気持ちを落ち着かせた。 棘を作るように、高く荒れていた気持ちの波が、ゆっくりと平らかになってくる。 それから、対談の最後、苗場さんが発言した、 「できることをやるしかないですから」 という言葉を反芻し、こくりとうなずいていた。 もしも今日が人生最期の日だったら、今日は何する? 手塚治虫という日本の歴史に残る漫画家がいる。 彼は死の直前まで、病床にあっても3本の連載を続けた。 病院のベッドの上でも彼は漫画を描き続けた。 彼の最期の言葉は 「頼むから仕事をさせてくれ」 だった。 手塚治虫は死ぬ直前までやることは変わらなかった。 「良い漫画を描くこと」 それだけのために生きた人だった。 そしてきっと、漫画を描くのが好きで好きで仕方がなかったのだろう。 スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学のスピーチでこう語っている。 過去33年にわたり、私は毎朝鏡に向かって「もし今日が人生最後の日ならば、今日するつもりでいたことをやるだろうか?」と自問してきました。 そして「ノー」という答えが何日も続くようならば、何かを変えるべき時が来たと気づくのです。 やりたいことはやっておけ 2020年4月。 世界に終末は来ていないが、一見すると終末にも思えるくらいの騒ぎが起きている。 悲惨な現実を前にすると、「ノストラダムスの予言なんてかわいかったな」と思えてしまうから不思議だ。 もちろん、僕はたぶん死なないし、この記事をここまで読んでくれた読者の方も死なない。 明日も普通に、この世界を生きていく。 でもこれからの世界では、クラブにはもう行けなくなるかもしれないし、 夜のお店で豪遊する人もいなくなるかもしれない。 スポーツ観戦やライブには厳しい制限がかけられるかもしれないし、海外旅行だって行けるかどうかわからない。 きっと人生で一度くらいは誰だって、世界が変わるような体験をするものなのだ。 それが今だった。 やりたいことはやっておけ。 死ぬ前に「ああしておけば良かった」なんて後悔する人生は送るなよ、と神様に叱られたような気分にもなる。 そして同じように、人生いつ何が起こるかわからない。 明日何かの病気にかかって、2週間後に死んでしまうかもしれない。 だからこそ、 「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」 と苗場が言ったように、明日死ぬとしても、「今日生きたみたいに生きていきたい」と言えるような、そういう生き方をするべきなのだろう。 世界がめちゃくちゃになっている今、なんとなく思い出して読み返してしまった『終末のフール』 自宅での読書におすすめです。

次の