四面楚歌 時 利 あら ず 現代 語 訳。 項王の最期(1)『四面楚歌』原文・書き下し文・現代語訳

四面楚歌/項王の最期(現代語訳・解説あり) 項羽本紀第七 史記 漢文

四面楚歌 時 利 あら ず 現代 語 訳

・ (漢文記事一覧)> [ 現代語訳・書き下し文1 ] [ 語句・句法 ] ・ 壁す … 城壁の中にたてこもる ・ 数重なり … いくつも重なっている ・ 四面 … 四方、周囲 ・ 楚歌す … 楚の地方の歌をうたう [ 現代語訳・書き下し文2 ] [ 語句・句法 ] ・ 何〜也 … 読み「なんゾ〜や」 意味「 なんと〜なことよ」(詠嘆) ・ 帳 … 垂れ下げられた布 ・ 幸す … かわいがる ・ 駿馬 … 足の速い優れた馬 ・ 是に於いて … そこで ・ 悲歌す … 悲しそうに歌う ・ 慷慨す … いきどおり嘆く ・ 為る … つくる [ 現代語訳・書き下し文3 ] [ 語句・句法 ] ・ 山を抜く … 山を引き抜く ・ 兮 … 語調を整えるための助字 ・ 気 … 精神の盛り上がり ・ 奈何すべき … 意味「どうしたらよいの か、どうにもできない」(反語) ・ 奈何せん … 「奈何すべき」と同じ [ 現代語訳・書き下し文4 ] [ 語句・句法 ] ・ 闋 … 一曲の歌が終わること ・ 和す … 合わせる ・ 左右 … そばに仕える者 ・ 能く … 〜できる ・ 莫し … 無い [ 原文 ] 項王軍壁垓下。 兵少食尽。 漢軍及諸侯兵囲之数重。 夜聞漢軍四面皆楚歌。 項王乃大驚曰、「漢皆已得楚乎。 是何楚人之多也。 」 項王則夜起、飲帳中。 有美人名虞、常幸従。 駿馬名騅、常騎之。 於是項王乃悲歌慷慨、自為詩曰、 力抜山兮気蓋世 時不利兮騅不逝 騅不逝兮可奈何 虞兮虞兮奈若何 歌数闋、美人和之。 項王泣数行下。 左右皆泣、莫能仰視。 [ 現代語訳 ] 項王の軍は垓下の城壁の中にたてこもった。 兵士は少なく食料も尽き果てた。 漢軍と諸侯の兵士が、幾重にもこれを取り囲んだ。 夜漢軍が四方で皆楚の国の歌を歌うのを聞き、項王はたいへん驚いて言うには、「漢はすっかりもう楚を手に入れてしまったのか。 なんと楚の人の多いことか。 項王はそこで夜起きて陣営のとばりの中で酒を飲んだ。 美人がいた、名は虞という。 いつも寵愛されてつき従っていた。 名馬がいた、名は騅という。 いつもこれに乗っていた。 そこで項王は悲しげに歌い憤り嘆いて、自分で詩を作り歌うには、 わが力は山をも引き抜き、わが意気は天下を覆い尽くすほどであった。 時の運は我に利がなく、騅も進まない。 騅が進まないのをどうしたらよいのか。 虞よ、虞よ、そなたをどうしたらよいのか。 数回くり返して歌い、美人もこれに合わせて歌った。 項王はいく筋かの涙を流した。 そばに仕える者たちも皆泣いて、仰ぎ見ることのできるものはいなかった。 [ 書き下し文 ] 項王の軍垓下に壁す。 兵少なく食尽く。 漢軍及び諸侯の兵、之を囲むこと数重なり。 夜漢軍の四面皆楚歌するを聞き、項王乃ち大いに驚きて曰はく、「漢皆已に楚を得たるか。 是れ何ぞ楚人の多きや。 項王則ち夜起ちて帳中に飲む。 美人有り、名は虞。 常に幸せられて従ふ。 駿馬あり、名は騅。 常に之に騎す。 是に於いて項王乃ち悲歌慷慨し、自ら詩を為りて曰はく、 力山を抜き気世を蓋ふ 時利あらず騅逝かず 騅の逝かざる奈何すべき 虞や虞や若を奈何せん と。 歌ふこと数闋、美人之に和す。 項王泣数行下る。 左右皆泣き、能く仰ぎ視るもの莫し。 Copyright プロ家庭教師タカシ All Rights Reserved.

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史記:項王の最期『四面楚歌』問題1

四面楚歌 時 利 あら ず 現代 語 訳

張良(劉邦の軍師)の策略により、楚の歌を聞いた項羽軍の兵士たちが脱走していく場面。 劉邦と天下を争う項羽の軍隊は 垓下 がいか(現在の安徽省宿州市)に砦を築きます。 兵士の数は減り食糧も乏しく敵の兵がこの砦を幾重にも取り囲んでいます。 夜になると劉邦軍の兵士が項羽の故郷、 楚 その歌を歌う声が聞こえてきます。 項羽はこれを聞いて驚き「楚の人間はみな敵に寝返ってしまったのか」と嘆きました。 ちなみに楚とは中国の江南地方にあった地域名(元は国名。 のちに秦に滅ぼされる)で、項羽はこの楚にある貴族の家柄の出。 姓を項、名を籍、字を羽といい、一般に項羽と呼ばれます。 項羽は別れの杯をかわそうと床から起き 帳 とばりの中に入ります。 この戦いにずっとついてきたという名の愛妾もいっしょです。 また 騅 すいという名の名馬もそばにいます。 ここで項羽は詩を作ってそれを朗詠するのです。 虞美人(虞姫)。 自ら剣を取り自害します。 項羽はこののち劉邦軍の追撃を振り払って東方の 烏江 うこう(現在の安徽省を流れる川)に向います。 この時項羽に従う者は28人。 項羽もここを最期の場所と覚悟を決めます。 烏江では宿場の 長 おさが船出の用意をして待っており、項羽にこう申し出ます。 「長江の東、江東の地は小さいところではありますが、そうは言っても千里四方の広さがあり、住民の数も数十万を数えます。 大王様、どうかここを領地にを期してください。 急いで向こう岸に渡りましょう。 船はこれ一艘のみ、渡ってしまえば劉邦軍はついてはこられません」 すると項羽は笑って 「天が私を滅ぼそうとしているのだ。 今さらこの川を渡ってどうする?江東の若者八千人とここから西に向かって出陣したのだ。 その一人とて今生き残ってはおらぬ。 その親にどの面下げて会えると言うのか。 彼らが文句を言わなかったとしても、私は私を恥じずにはいられない」 さらにこの長に向かって 「立派な人物とお見受けする。 この馬を見てくれ。 この馬に乗って五年、当たるところ敵なしだった。 ともに一日に千里を走った。 殺すには忍びない。 こいつを引き取ってはもらえぬか」 項羽は武者全員に馬から下りるよう命じ、それぞれが短い刀剣一つで追ってきた敵と戦いました。 項羽ひとりで数百人の敵を倒し、自身も十か所以上の傷を負いました。 劉邦軍の騎兵隊長・ 呂馬童 りょばどうを見て「お前はわしの顔なじみではないか」と言うと、相手も項羽を見て「ああこれは項王だ!」と叫びます。 項羽は「この首には莫大な賞金が掛けられ、得た者は万戸の諸侯になれると聞く。 お前にくれてやろう」と言うや自分で自分の首を切り落としたのでした。

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高等学校古典B/漢文/四面楚歌

四面楚歌 時 利 あら ず 現代 語 訳

力は山を抜き気は世を蓋う 時に利あらず騅ゆかず 騅のゆかざるをいかにすべき 虞や虞や汝をいかにせん 現代語訳 私の力は山を引き抜くほどで、気力は世界を蓋い尽くすほどであった。 それなのに今は…、時に見放され愛馬の騅も走らなくなってしまった。 騅が走らないのを、どうすればいいのだ。 どうにもならない。 虞や虞や、お前の身をどうしよう… 解説 「抜山蓋世」の四字熟語にもなっている、項羽の作とされる詩です。 楚の項羽が漢の劉邦と争い、いよいよその最後の戦い、【垓下の戦い】(BC202)において、項羽はもう追い詰められているわけです。 漢の陣営から故郷の楚の歌が聞こえてきて、項羽は味方がみな降伏したと思い、絶望します(四面楚歌)。 もう勝ち目は無いというその状況で、項羽は愛妾の虞美人と、愛馬の【騅】と、最後の杯を交わすのです。 これらの記事は『史記』に書かれていますが、史実というより創作の色合いが強いようです。 中島敦の小説『李陵』の中で、主人公の一人である司馬遷が、『史記』の項羽に関する章を書くあたって「こんな熱に浮かれたような書きっぷりでいいのか?」と疑問を抱く場面がありました。 『平家物語』の「千手」の章では、生け捕りになった平重衡(たいらのしげひら)が、処刑の前に頼朝からの最後の情けということで千手の前という女房の接待を受けます。 そこで重衡と千手の前が夜を明かして朗詠しあう、その中に【垓下の戦い】を題材にしたものがありました。

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