ロイ マスタング 目。 【鋼の錬金術師】ロイ・マスタングの目は???

ロイ・マスタングの名言・名セリフ|鋼の錬金術師名言集

ロイ マスタング 目

ロイ・マスタングと春の嵐 「…っくし!」 本日何度目なのか、数えることもできなくなったくしゃみが、また一つロイを襲う。 やたらとムズムズする鼻を擦り、目を擦り、最後に勢いよく鼻をかんで、ようやく息をついて。 「堪らないな…これは」 朝一番の列車でセントラルに着いてからというもの。 ずっとロイは、このワンセットとなった発作の繰り返しに悩まされていた。 最初は風邪の症状かと思っていたが、悪寒も発熱もなく、ただひたすらくしゃみと痒みと鼻水だけが絶え間なく続くのだ。 そして。 迎えの車の中。 中央司令部までの道のりでロイは、とある奇妙なことに気づいた。 「…まさか、性質の悪い伝染病か何かか、これは?」 我ながらありえない想像に、ロイは一人、後部座席で首を傾げる。 よもやそんな緊急事態であれば、この定例会議以前に、各司令部には何らかの通達があるはずなのだが。 そこらじゅう、石を投げれば当たるのでは、というほど。 セントラルの道行く人々には、マスクをかけた姿が目に付いたのだ。 自身の症状に気を取られていて今まで気づかなかったが、それは一種異様な光景であり。 よくよく見れば、車を運転している下士官ですらも、マスクをかけている有様で。 すぐさま近づいてきた警備兵がドアを開けたので、やむなくロイはその先を聞くことなく、車から降り立つことになってしまった。 「ほう…君は、健康なようだな」 ドアを開けた警備兵はマスクをしていなかった。 「はっ、恐れ入ります。 健康なだけがとりえでありますので」 敬礼と共に返ってきた言葉に何故か、東方に置いてきた愛煙家の部下を連想してしまい、思わずロイは苦笑を浮かべた。 「セントラルでは、性質の悪い風邪でも流行っているのかね?」 そう尋ねるや否や、またしてもロイはくしゃみに見舞われる。 「…ええ、まぁ。 今日は天気が良い上に、風が強いですから。 なるべく屋内にいらしたほうがよいでしょう」 「…?」 すっかり春となったような陽気と、暖かい風。 言われてみれば確かに少し強い風ではあるが、しかし。 悪天候で寒い日というのならばまだ理解できる。 だがこんなにも心地よい気候の日に、屋内にいたほうが良いと勧めるその理由が呑み込めない。 「それは、どういう…?」 聞きかけた、その時。 ロイの表情が引き攣った。 警備兵の肩越しに、こちらにまた一台の軍用車が近づいてくるのが見えたのだ。 この時間に、自分と同じく軍用車で乗りつけるのは、同じ会議に出席する他司令部のお偉方しかいない。 会議で顔を合わせるのも、根拠のない嫌味を聞くのもうんざりだというのに、こんな所で鉢合わせするのはまっぴら御免だった。 「いや…なんでもない。 忠告はありがたく受けるとしよう」 言ってさっさと踵を返し、ロイは足早に司令部内へと引っ込むことにした。 「それにしても、なぜこんな天気の良い日に、屋内なんかに閉じこもらねばならんのだ…」 ここが東方司令部であれば、ホークアイ中尉の包囲網を掻い潜って、何が何でも外へと脱出しているところだろう。 司令部の裏庭の一角。 見通しの悪い、それでいて日当たりと風通しは絶好の、最近新たに発見した息抜き場所を思い浮かべ、ロイはひっそりとため息を漏らした。 ふと明るさに視線を移せば、階段の踊り場の大窓から見下ろした中央司令部の庭にも、春の暖かな日差しが燦燦と降り注いでいて。 「…はぁ」 あそこの芝生に寝転んで、全身でぽかぽか陽気を浴びられたら。 そう想像するだけで、これから年寄りばかりの密閉された会議室での時間を余儀なくされている我が身が、一層切なく思えた。 その様子を、うっかりこっそり、見てしまった者たちがいた。 「…お、お待ちください、少将」 「なんだ、会議にはまだ間があるが…」 「いえ…あ、あちらに、ロイ・マスタング大佐が…」 ハクロがロイのことを何かにつけて疎ましく思っていることは周知のことであったし、ましてハクロの側近もそれは十分心得ていたので、彼がわざわざ呼び止めたのもその事でなのか、と他の側近たちも最初はそう思ったのだったが。 「どうしたというのだ。 いつからのんびりと会議開始までの暇つぶしができるほど偉くなった気でいるつもりだ。 愚痴ろうとした言葉は、ついにハクロの口を出ることはなかった。 降り注ぐ暖かな日差しの中。 窓辺に佇むマスタング大佐。 窓の外を見つめ、物憂げに伏せられた黒目がちの瞳。 ハクロを始め、その場にいた全ての人間が見てしまったのだった。 その瞳を濡らし、 音もなく零れ落ちたひとしずくの涙を。 すささささ…と、音もなく全員後退し、そのまま手すりの陰に身を潜める。 「なっ、な、なん、なんなのだ…?」 「泣いてましたね、な、泣いてましたよね、今!」 「てか、な、何で俺、こ、こんなにドキドキしてんだろ…?」 「何があったというのでしょう? ま、まさか、誰かに泣かされるようなことでも…?」 息を潜める一同。 いっせいに、側近たちの視線がハクロに向いた。 「わっ、私は何もしておらんぞ! …と、いうよりもだ、私以外の他の誰が、マスタングに手を出したというのだ!」 許せん…と唸る少将を前に、側近たちは皆一様に、だらけて冷め切った視線を見交わした。 そんなやり取りが階段下で行われているなどとは露知らず。 「む~…くしゃみが引っ込んでしまった…」 何ともすっきりとしない鼻をすすり、目を擦りつつ、ロイは一人とぼとぼと会議の間へと歩いていく。 しかし。 ハクロ少将の一行はそれに気づかないまま、いまだ階段下で潜めた熱論を交わしていたのだった。 ハクロの目撃したその様子は、尾ひれを付け背びれを付け、仕舞いには足まで生やして中央司令部内を駆け巡った。 マスタング大佐の物憂げなため息。 その漆黒の睫を濡らす雫。 影を宿した白磁の面影。 その姿を一目みたいと願わないものはいなかったが、その話が蔓延するころには、既に当の本人が各司令部定例会議の場へ入っていたので、ロイ・マスタング大佐は大多数の一般兵士には見ることもかなわない存在となってしまっていたのであった。 その結果。 本人不在の噂だけが、全く与り知らぬところで、宛ら生き物のようにどんどん大きくなりつつ広まっていったのである。 そのころ、定例会議を予定している一室では。 「マスタング大佐、コーヒーなどいかがかな?」 「お、恐れ入ります、准将殿」 いつもならば、話しかけてすら来ない南方の准将にコーヒーを勧められ。 「室内は冷えるであろう、マスタング大佐。 何ならわしの隣へ来るといい、ここならば日当たりが良いぞ」 「ちゅっ、中将、殿…?」 表情筋の全く動かない顰め面しか見たことのない西方の司令官に、満面の笑みで隣席に招かれ。 「その必要はありませんな。 …君も君だ、マスタング大佐。 個人の一存で勝手に会議の定席を移したとあっては、また口煩い者達にいらぬ口実をあたえるだけであろう」 「…ハ、ハクロ少将…?」 そのまさに、口煩い者たちという筆頭のハクロに窘められ、ロイは身の置き所のない居心地の悪さをヒシヒシと感じていた。 ロイの思いとは裏腹に、周りの将軍たちの狂態は留まるところを知らなかった。 ロイの背にハクロのコートが掛けられたのだ。 全身の毛穴という毛穴が口を開けたような悪寒がロイを襲うが、周りの将軍たちは一向に気づかない。 いやむしろ、ハクロの行為は彼らの火に油を注いだことになった。 「マスタング大佐、そのような老人臭の染み付いたコートになど触れるではない。 君にまで悪臭が移ったらどうするつもりだ!」 「なっ、何を根拠のない言いがかりをつけるか! 自分たちがマスタングに掛けてやれるものがないのを妬んでの言いがかりか?」 「そんなもの頼らずとも、ここにくれば自然の温もりを思う存分に浴びられるだろうが。 さあ、マスタング大佐。 わしの隣へ来て、ついでにその汚いコートに触れた肩を日光消毒するがいい」 「いや、まず私が丹精込めて淹れたコーヒーを飲んだらどうだ? 寒いのであれば、身体のうちから温まるのが一番ではないかね?」 「ほほう、たかがコーヒー一杯、そんなに強固に勧めるというのは怪しいですな。 まさか何か仕込みでもされているのでは…?」 「な、何を言うか! 個人の下劣な妄想は、貴様のぬるい脳みその中だけで十分ではないのかね!」 「い…っ、いい加減にしてください!」 遂に、ロイが切れた。 「 皆様からの、見にあまるご厚意には感謝しております。 ロイの鼻をくしゃみの発作が襲った。 慌ててポケットからハンカチを引っ張り出し、口に当てる。 …が、しかし。 またしてもくしゃみになる寸前で、それは鼻の奥へと引っ込んでいってしまった。 「し…失礼」 代わりに溢れ出てくる生理的な涙をハンカチで拭う。 腫れぼったい目を擦ると、それは後から後から零れて止まらなくなってしまった。 「マ…マスタング大佐…」 「ですが、私のことで、各司令部の責任者が争うなど、そのようなことは、なさらないでいただけませんか」 あー…痒い、と内心愚痴りつつ。 ロイはようやっとそれだけ言い切った。 「そこまでにして…」 「…なんと言う…」 各将軍たちが言葉を失ったその時。 「…ん? 何事かね、この様子は」 最後の一人、この会議の長が室内へ入ってきた。 「大総統閣下…」 「どうした…マスタング。 目が赤いようだが」 「い…いえ、これは」 ロイが弁明しかけた、そのとき。 今しがた、ブラッドレイの入ってきた扉から、一陣の風が舞い込んだ。 廊下の窓の一部が開いていたのだろうか。 太陽の匂いを孕んだ風は室内を駆け巡り、春の香りを部屋中に満たす。 そして。 「ハ…ハックション!」 堰を切ったような、盛大なくしゃみがロイの口から飛び出した。 「…ん? おやおや、君も花粉症かね、マスタング?」 「は…花粉症?」 鼻を押さえながら、ロイが聞き返す。 「毎年この時期になると、かかってしまう者がいるようだが、今年は更に花粉がひどいと聞いていたな。 指摘されるまでロイは全く想像もしなかった。 「ならばさぞ辛かろうな。 たしか、症状を和らげる薬があったはずだ、試しに飲んでみるといい」 「あ、ありがとうございます…!」 この一連のつらい症状が治まるというなら、大総統の背後に後光がさして見えてもいいくらいだった。 すぐさま護衛の兵士が医務室へと走り、薬を取ってくる。 一日二回、昼間と就寝前服用との説明書きを読み、ロイはすぐさま一錠を飲み下した。 「はっはっは、しかし今日は妙に君の噂を耳にすると思っていたが、いやいや…そういう事だったという訳だな」 「…は?」 首を傾げるロイに、他方の将軍たちは揃って、ごく自然に目線を逸らした。 「まぁ、気にすることでもあるまい。 では今月の定例会議をすませるとしようかね」 「はぁ…」 訳が分からないままに着席してしまい、どこか得心のいかないままではあったが。 とりあえずロイは、あの将軍たちの騒ぎが去ってくれたことだけ感謝したのであった。 しかし。 会議室全体が午後の日差しに包まれた頃。 東方司令部司令官代理、ロイマスタング大佐はというと。 「…マスタング、大佐?」 「この内服薬の説明書きによりますと、副作用で眠気、目のかすみ、のどの乾きなどの症状が現れることがある…とありますな?」 「だからと言って、これは…」 困り果てた周囲の視線の中。 ロイは会議卓に頭を預け、ものの見事にすやすやと寝入ってしまっていたのであった。 「まぁ、そのままでも問題はなかろう。 薬による沈静を勧めたのは私のほうでもあるからな。 …どれ」 そう言って席を立つと、おもむろにブラッドレイはロイの傍へと歩み寄り、その上着を脱いでロイの背を包んだ。 そして。 「あぁ…そうであった、諸君らに一言断っておくが…」 思い出したようにブラッドレイが呟く。 「付け焼刃の優しさなどで、マスタングに接しようとは思わぬことだ。 見苦しいのを通り越して無様でしかない…」 その静かな物言いに、一瞬何を言われたのかを理解できず呆気に取られたように将軍たちが立ち尽くす。 しかし、ブラッドレイの隻眼に宿る、底冷えのする光に一瞥された瞬間、目に見えない手に押さえつけられたかのように、その場で揃って直立不動となった。 それまでの好々爺然とした面影は完全に姿を消している。 替わって将軍たちに向けられたのは、気迫と殺気とを臨海寸前にまで高めたかの如き威圧感。 絶句し、石のように硬直した将軍らの冷や汗をよそに、ブラッドレイはいとおしげにロイの漆黒の髪を撫でたのだった。 そして、柔らかく、包み込まれるように暖かい。 まるで、あの春の日差しの降り注ぐ芝生の上にいるかのような。 ロイはその心地よさに身をゆだねきって、うっとりと息を漏らした。 「ぁ…、閣下の匂い…」 とすると、大総統も一緒にこの心地よさを感じているのだろうか? また護衛官を振り切って、脱走して? 「ダメ…ですよぅ…閣下ぁ」 無性に可笑しくて、くすくすと笑いがこみ上げてくる。 ロイとて大総統のことを言えた義理ではないのだが。 それでも。 「か、っか…」 こんなに近くに感じるのは、随分と久しぶりで。 なのに柔らかく沈むように眠りへと堕ち行く感覚に、もう少しこの心地よさを味わっていたくて、ロイはブラッドレイの匂いのするものへとぎゅっとしがみ付いた。 しかしロイの両腕は、ブラッドレイの背を抱くことはなく、霞のように頼りない感触を残したのみで宙を切ったのみで。 湧き上がった悪夢の不安は払拭され、ロイは満たされた想いでそのまま抗うことなく眠りへとのまれていったのだった。 しかし…あの。 さっきの、ロイの寝言を聞いたときの、あの三人の将軍たちのうろたえようときたら… 『…ぁ、閣下の匂い…』 『ダメ…ですよぅ…閣下ぁ』 『か、っか…』 「くっくっく…」 その時の有様を思い出すだけで、腹から笑いの発作が起きる。 当然その後は、会議どころではなくなってしまったため、定例会議は中止、明日に持ち越されることになった。 そしてブラッドレイは、人気のない廊下を進みつつ、中央司令部に吹き荒れた噂の嵐を思い返す。 大佐が窓辺から外を見下ろし、涙していた。 触れれば儚く消えてしまいそうな姿で。 外を見つめるその瞳は、切なげな涙に濡れ …云々、云々。 「その原因が、よもや花粉症とはな…」 今もまだ、膨れ上がりつつ飛び交っているだろうロイの噂を思い、ブラッドレイはわずかに口角を上げ、人の悪い笑みを浮かべた。 「…とはいえ、根拠のない噂は、一掃しておかねばなるまい」 そう。 それには噂よりも確実な、実体に基づく事実を見せ付ければいい。 この角を曲がれば、人通りの多い通路へと出る。 因みに、大総統執務室へたどり着くには全くの逆方向であるが、自分の執務室への道を忘れたわけではない。 ロイ一人抱いたくらいであれば、司令部内を軽く十周はできる体力はある。 そして、ブラッドレイはその体力をここで遺憾なく発揮するつもりであった。 中央司令部を震撼させる大嵐が吹き荒れることになるのだが。 渦中の一人は、そんな中でもすやすやと寝入ったまま、とうとう目を覚ますことはなかったのであった。

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公式エピソード『ロイアイ』ホークアイの弟子とその娘である二人は公式カップル?【鋼の錬金術師】

ロイ マスタング 目

エドワードが旅に出て、半年が経った。 何度か電話で話をしたが、あいさつ回りを終えて、旅は順調に距離を重ねているらしい。 こちらが把握している危険な場所を告げてはいるが、避けてくれているかはわからない。 一度、熊と戦ったと言われた時には肝を冷やした。 彼女のことを好きになったのは何時からだろう。 出会ったのは彼女が11歳の時、魂の錬成をやってのけたその頭脳、一年で機械鎧のキツいリハビリに耐えた精神、弟と自分の身体を取り戻すため軍に頭を垂れる決断、彼女の潔い生きかた全てが眩しく映った。 ピナコ・ロックウェルから封書が届いたのは、エドワードの国家錬金術師の試験が終わり、鋼の称号を得た後だった。 中身はエドワードとアルフォンスの出自から好き嫌いに至るまで、事細かに書かれた用紙が入っていた。 目を見張ったのはエドワードの性別だ。 年齢の不備があった書類は、性別にも不備があったらしい。 しかし、本当に男性だったとしても、私は好意を持っただろう。 何のきっかけかは忘れたが、量子力学の話題になったことがあった。 量子力学は完成されたものと思われていたが、とある院生が発表した論文が数十年たった今、話題になったのだ。 1つの世界の中ではそれに反する事象が同時に発生することはあり得ない、ならばその反する事象はどこで発生するのか。 院生はもう1つの世界があることを提唱した。 量子力学の多世界解釈である。 私は正直、黙殺した論文だったが、エドワードはその定義に目を輝かせてこう言った、 「向こうの家族が幸せだといいな」 私の両親はもういない。 だがもう1つの世界ではどうだろう。 どうか無事でいてほしい。 彼女と同じように、家族の幸せを願える自分に気付いた。 そしてこの世界で彼女を幸せにしなければならないと、そう思ったのだ。 それはまだ、大人が子どもにかける愛情と同じだったかもしれない。 困惑するのもよくわかる、シンからの来客など予定にはなかったし、報告も受けていない。 明らかにおかしい人物ならホークアイ大尉が通す筈はない。 しかし、こうやって申告するからには、間違いなくシンからの使者なのだろう。 「今日の准将の予定ですと、お会いになれる時間は今から正午までです。 お会いになられますか?」 「もちろんだ。 入ってもらえ」 そう言って、執務室の机に向かい、椅子に座った時には向かい側に客人が立っていた。 「…!?」 客人は面妖な格好をしていた。 そしてそれは見たことがある格好であった。 「その格好はヤオ家の護衛役だと記憶しているが」 忍び装束に隈取りの面。 性別がわからないが、客人は懐から封書を出すと、私に差し出した。 客人が懐に手を入れてから数秒で銃口を向けたホークアイ大尉に下げるよう合図し、封書を開く。 そこには…お気楽な内容が書かれていた。 その者は幼き頃、フーが拾った者であり、ランファンの妹弟子である。 ヤオ家の護衛として育てたが、ランファンよりアメストリスの話を聞き及び、興味を示した。 何より血は繋がらないが、師匠のフーが命をかけて戦った地を見ておきたいとの希望を受け、そちらに留学させようと思う。 護衛役としても遜色ない働きも出来るから、バイトに使ってやって~。 とのことだった。 「留学生、ですか?」 「確かに、そういう話をリン皇帝にした記憶はある」 互いの国の若者を、留学生として受け入れ、知識を深め合えば良いのではと。 「まだ制約を交わしていないのに、寄越してくるとは」 「王は悪くない」 しゃべった。 声から女性だとわかる。 「悪いとは言っていない。 名はなんという、歳は?」 「ソウエン、16」 「わかった、ソウエン。 リン皇帝直々の依頼だ、君の留学を認めよう。 16なら高校生だな、大尉、留学生を受け入れている高校をピックアップしてくれ、それと護衛の件だが…」 「バイトしたい」 「したいのか…」 こくりと頷くソウエンにしばらく思案する。 「高校が休みの土日と、放課後週2日でどうだ」 「かまわない。 了解した」 「バイト代はここにいる大尉と決めてくれ」 「准将、面白がってませんか?」 「いや、真剣だ。 護衛が増えるのは助かるじゃないか」 「そうですが…」 はぁ、と溜め息を吐くホークアイ大尉に後を任せ、書類を捌くのに集中する。 大半の書類を片付け、ふと目線を上げると、ホークアイ大尉とソウエンがお茶をしていた。 のどかだ…。 私が見ていることに気づいたホークアイ大尉が居ずまいを正し、報告する。 「学生寮のある高校をピックアップしましたが、バイト禁止や門限がある学校が殆どです」 「バイトは目を積むってもらおう。 住む場所は軍の寮に空きがあればそこで良いだろう」 「はい。 そう思って空きを調べましたら、ちょうど一室ございました」 「それは良かった。 ではそちらに案内してくれ」 「そろそろ昼食の時間ですし、食堂にも案内してきます。 准将もご一緒されますか?」 「いや、残りの書類を片付けてから行くよ」 「了解しました」 軍の食堂は、出前にも応じてくれるので助かるが、今日は食べに行こう。 書類を片付け、食堂に着いた頃にはホークアイ大尉もソウエンも見当たらなかったので、もう食事を済ませたのだろう。 この食堂はエドワードを連れて入ったこともある、放っておくと肉ばかり食べるので、ここで野菜を食べさせた。 嫌がらず、美味しいと機嫌よく食べていた姿が思い出される。 エドワードとの食事は楽しい。 何でも美味しい美味しいと頬張ってくれる。 その様子が可愛くて、よく食事に誘った。 昔は嫌がられたが、恋人になってからはよく付き合ってくれた。 今はどこに居るのだろう。 ちゃんと食事は取っているだろうか。 困ってはいないだろうか。 ああ、エドワード。 「抱きたい」 ゴホッ!ゲホッ!ゴホッゴホッ! あちこちから咳き込む声が聞こえる。 落ち着いて食べればいいのに。 「マスタング、こんな場所で何を考えてる」 「ノグ将軍、いらしたのですか」 声を掛けてきたのは東方司令部での上官ノグ将軍だった。 白髪に白ひげのため、実際の年齢より更けて見られるが、まだ48歳だ。 温厚でユーモアもあるノグ将軍だが、有事の時は容赦のない采配で敵を圧倒する。 自分にとっては珍しく語り合える人物だった。 「いらしたのですかじゃない、たまってるのか」 「はぁ?」 「さっき"抱きたい"とか言っていただろう。 色男がそんなこと呟くから見ろ、むせてる連中だらけだ」 「そんなこと言いましたか?」 「無意識か、そうとう拗らせてるな。 お前、恋人は?」 「遠くどこかの空の下ですよ」 「だからか~、黙っててやるからどこかの店で抜いてこい」 「嫌ですよ、なんでわざわざそんな疲れるとこに」 「疲れる!?お前、そんなんだったか?百戦錬磨の英雄、ロイ・マスタングが女性相手に疲れるとは」 「恋人でないと満足できない体にされてしまったので」 「お、お前、素面でそんなことを言うヤツだったのか…!」 ザワザワと辺りが騒がしい。 ロイ・マスタングの恋人を見たことがあるヤツはいるか?ひそひそ話が聞こえてくる。 「これはもう日が暮れる頃には司令部中に話が出回っているだろうな」とノグ将軍に肩を叩かれた。 彼女への気持ちが恋情だとはっきりと気づいたのは、彼女へ欲情したからだ。 それは司令部に報告書を届けに来たと言うエドワードが通り雨に会い、ずぶ濡れでやって来た時だった。 眉をしかめる私に、報告書は濡らさなかったぞと懐から差し出した。 私は溜め息を吐いてエドワードを隣室へと促した。 隣室には軍の支給品だがタオルや着替えが置いてあったからだ。 だが錬金術で乾かすと言うので、その役を買って出ると、エドワードは目を見開いた。 とにかく濡れた服を貸しなさいと告げると、躊躇なく服を脱ぎ出した。 あまりのことに私は呆然と彼女の半裸を見てしまった。 その時の彼女は13歳、まだ子供の身体だったが、濡れた髪の毛が肌にまとわりつき、妙に艶かしく私の目に映った。 どくりと心臓が鳴ったのがわかったが、そんなことを子どもに悟らせるわけにはいかないと、懐の手帳を一枚破り、錬成陣を書くと早々に衣服を乾かした。 その手際のよさにエドワードは驚いた様子だったが、ばさりと乱暴に服を被せると何やら文句を言っていた。 文句を言いたいのは私の方だ。 しかし、この性別を隠さない行為が逆に隠していることになっているかもしれない。 とりあえず、人前で服を脱ぐのは大人のマナーに反すると伝え、"大人"というキーワードでエドワードを納得させたが、自分の心臓を叩いたのはこの少女なのだ、同じように彼女を邪な目で見る輩が現れるかもしれない。 彼女をその不届きな輩から守るよう各地に擁護者を手配した。 国家錬金術師といえども、エドワードは子供だ、気を回してやってくれと頼むだけで擁護者は理解してくれた。 問題の私だが、これはホークアイ大尉に感謝するしかない。 彼女がそばに居れば、エドワードに何か出来るはずもない。 そして、反応が面白いからと会う度にからかっていると、どうやら嫌われたらしい。 これで良かったと思いながら、心はじくじく痛んだ。 彼女が入院するほどの怪我を負った時があった。 彼女の覚悟を知っていたはずなのに、私には覚悟が足りていなかった。 鋼の手に口付けて誓う。 それからはこれまで以上に手を回し、文献の確保や錬金術師の紹介を行った。 そして彼女の望む終焉を迎えた時、体温を感じる右手に初めて触れた。 暖かな手が忘れられず、その夜また彼女に会いに行く。 これが最後だと心に決めて。 「ご用の時は名前を呼んでください」 「すごいな、気配を感じない」 これなら煩わしく無いだろうと満足し、午後の会議の資料を読む。 イシュヴァールの難民受け入れ先からの報告書が届いてない所がある。 毎月、保護金は出しているので報告書は必須であるのに、もう半年もの間、何の報告も上がっていなかった。 それに気づかなかった軍側にも責任がある。 イシュヴァールに関連のある議題の時には全て出席している。 指示を与え、追及を受け、提案を聞く。 時に叱責をし、叱責され、話を詰めていく。 会議室の定位置に座り、会議の開始を待つ。 次々に席が埋まり、やがて会議が始まった。 「なんてことはない。 横領を疑われていたが、資金運用の報告は税理士を通して行われている。 出してないのは、事業報告書だ。 単純に出すのが面倒だったという理由だが」 「現地では、忙しさで食事も取れない日もあるとか。 事業報告書が必要なら専門家を寄越してメモらせろと言ってるそうですね」 「なかなか強気な意見だな」 会議が終わり、指令室までの道のりでホークアイ大尉とそんな会話が交わした。 「現地に行く必要があるな」 「准将がですか?」 「ソウエンにも見せておきたい」 イシュヴァール、宗教的価値観の違いから衝突を繰り返し、穏健派将校に化けたエンヴィーによってその後7年にも及ぶ内乱のきっかけを作らされ、大規模な殲滅戦へと突入した土地。 それは"約束の日"を迎えるための地盤作りだった。 そうとは知らず、大総統令に従い、国家錬金術師が投入され私も非道な殺戮を行った。 その結果、誰が言い出したのか、イシュヴァールの英雄と呼ばれる様になったが、人柱候補としてホムンクルスから監視される立場になった。 "約束の日"の戦いを終え、各地の混乱が治まりつつある今、ドクター・マルコーとの約束通り、ようやくイシュヴァール政策に乗り出すことが出来る。 なるべく現地に赴き、現状を把握しておきたい。 ホークアイ大尉、アドニー中尉、数名の部下、そしてソウエンを連れてイシュヴァールの地に向かう。 現地に待機している憲兵に礼をし、その地に足を踏み入れると、スラム街化していた土地が昔のように家屋が並びつつある姿が目に止まる。 問題の担当者と面会するため、憲兵に案内させると、そこはまだ出口に扉もない簡素な小屋だった。 構わず声をかけ、中に入ると初老の男性が1人、様々な、資料に囲まれた机を前に座っていた。 「トーマス・ハッガユさんですね。 ロイ・マスタングです」 そう声を掛けると、ハッガユはぽかんと口を開けて私を見て、次いで目をキョロキョロさせ退路を探すが、やがて諦めたように溜め息を吐いた。 考えていることが手に取るようにわかる。 嘘のつけない男だ。 荷物置きになっていた椅子を引っ張り出し、腰かける。 「さて、何の用かはわかってらっしゃると思うが、半年前までは提出されていたのに、なぜ事業報告書が未提出になっているのですか?」 「作成してたヤツが辞めちゃったんだよ。 俺は元々そういう作業に向いてないんだ」 「私もデスクワークは苦手でして」 「そうだよな!人間、得手不得手があるよな!」 「質問にYESかNOかを丸で囲めとかなら簡単なんですが」 「…!それだ!」 ビシッと指で指される。 ごそごそと紙を出してきて説明された。 「毎月、基本的には、やること決まってんだから、質問形式にしてくれや。 最後に備考欄なり作っておいてくれりゃ勝手にこっちが書き込むからよ」 「それは報告書ではなく、アンケートと言うんですよ」 「駄目か?」 「駄目ですね」 「やっぱりか…」 「ここに、参考資料があるじゃないですか」 「お…?」 ロイはアタッシュケースからホチキスで止めた書類を出し、ハッガユに差し出した。 「以前、提出されていたものを参考に書いてもらえれば良いですよ」 「いいのか!?」 「形式上問題はありません。 ただし、新規の出来事など足らない文章を書き足してはもらいますが」 「おお、それなら書けそうだ」 「我々は報告書で判断していることも多々あります。 各自治体が真摯に行っていること、考えていることを報告してもらわなければ、理解も出来ません。 忙しいとは思いますが、どうか宜しくお願いします」 「ああ、あんたの言う通りだ。 俺たちがやっていること、報告しなきゃ、わかっちゃもらえねぇ。 手間とらせて悪かったな」 「いえ、あなた方が活動してくれるおかげで、イシュヴァールの民が助かっているのです。 意見が食い違うこともあるでしょう。 全てが上手くいくわけでは無いはず、そんな困難な場所に居続けてくださってありがとうございます」 「や、なんだ、その、好きでやってることだからよ。 礼なんていいって。 どうにもならなくなったら、助けてもらえるって信じてるから出来ることだ。 あんたが、助けてくれるんだろ?」 「もちろんです」 「なら安心だ。 あんたは上の方で上手くやってくれや」 そう言ってハッガユは笑う。 ハッガユのように、現地で支援活動をしている人間が何人もいる。 その全員に面会をし、話を聞いて回った。 「准将、そろそろお時間です」 ホークアイ大尉の言葉で、腰を上げる。 予定を変更してイシュヴァールに来たのだ、帰ってからたまった仕事をこなすことになるだろう。 「ソウエン、イシュヴァールはどうだった?」 声を掛けると、目の前にソウエンは現れた。 「賑やかな街だと思います」 「イシュヴァールが賑やかか」 思いがけない感想を聞き、瞠目する。 「子供が警戒心もなく路上で遊んでいた。 女たちの笑い声が聞こえた。 元気な街の証拠」 そうか、そう思ってくれるのか。 他国の人間の感想に安堵する。 この道は間違っていないと。 不意に空気が動き、右にホークアイ大尉、左のアドニー中尉が銃を構え、下からソウエンがクナイで相手の首もとを狙う。 私に拳を突き出していたスカーが一歩下がり、拳を下ろした。 「スカー、どういうつもりだ」 「お前が気が抜けた顔をしてきるからだ、ここがイシュヴァールということを忘れたのか」 その言葉は私を突き刺した。 そうだ、政策はまだ始まったばかりで、遺恨を残す者も多々いるだろう。 私が許される日は来ないと考え、慢心せずこに地に立つべきだった。 「すまない。 私の落ち度だ」 私の謝罪にスカーは無言で答え、目で合図をする。 視線の先はドクター・マルコーの診療所だった。 「医療に通じる者が少ない、マルコーや今の看護師だけでは回りきらない」 閉ざされた街から開けた街に変わってきているイシュヴァールには、多種多様な人間の出入りが増えた。 腕の良い医者がいると聞き付けて、マルコーを頼り訪れる者もいる。 「そうか、こちらでなんとかしよう。 他に何かあるか?」 「旅人が増えた。 このままでは宿が足りない」 「そんなにか。 わかった、建築士を手配する」 急激な発展をとげようとしているイシュヴァール、人が増えれば物も増え仕事も増える。 元のイシュヴァール以上に良い街にしたい。 「…世話になる」 スカーからの礼とも言える言葉に驚く。 この男もまたこの街と共に変わろうとしているのか。 「気づいたことがあれば、いつでも相談してくれ」 私の言葉にスカーは頷き、その場を後にした。 「見送りもなしですか」 アドニー中尉が不服そうに言ったが、あの男とはこれでいい。 私も踵を返し帰路に付く。 「ソウエンの腕前も見れたな」 「そうですね、我々より早く攻撃に出ました」 流石の動きにホークアイ大尉もソウエンを認めたようだった。 駅から司令部までの道中は車での移動になるが、初めソウエンは屋根の上に座ろうとしてアドニー中尉に引きずり下ろされていた。 車内で大人しく鎮座したソウエンに話しかける。 「ソウエンはこの国で何がしたい」 「歴史や文化、武道も学びたい」 「そうか、ソウエンは勉強熱心だな」 「知ることは大事だと、師匠が言ってました」 「そうか…」 「あと、会ってみたい人間がいる」 「ほう、誰だね」 「エドワード・エルリック」 この国を守り、リン皇帝に賢者の石をもたらす切欠を作った人間。 二つ名に鋼を持っていた錬金術師。 「エドワードか」 「はい」 「私も会いたいな」 今、どこで、何をしているだろうか。 心配は尽きないが、彼女を信用もしている。 ソウエンの様に、知らないことを吸収し、戻ってくるだろう。 しかし貪欲なまでの探求心は、きっと半年では失われない。 「待っていられるか?」 それはソウエンに言ったのか、自分に言ったのか。 「エドワード・エルリックの故郷はここにあると聞いてきた。 待っていればいい」 ソウエンはリゼンブールのことを言ったのだろう。 しかし私は、私自身が彼女の帰る場所だと、そう言われたと都合よく解釈する。 「そうだな、待っていれば必ず会える」 "ここ"に帰ってくるという約束を、エドワードと交わした。 彼女は何を学んで来るだろうか。 新しく芽吹いたこの地を見て、彼女は何と声を上げるだろうか。 まだ ぼんやりとした感情のエドワードを、誰よりも大切にし、幸せだと言ってもらえる、そんな生涯の相手として存在したい。 それは、離れている今も変わりはしない。 END.

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マスタング大佐が失明した理由とは?人柱やその後は治るのかについても

ロイ マスタング 目

猫ロイ1 ・軍の猫 1・ 「確かに猫、ですね」 リザ・ホークアイ中尉の冷静な声が、客観的事実を述べる。 叶うことなら事実を認めたくなかったらしいロイ・マスタング大佐も、ホークアイの言葉の前には、それが現実であ ることを認めざるを得なかったようで。 「……まったく、何だっていうんだ」 額に手を当てて、大きくため息を吐き出した。 吐息と共に、頭上の猫耳が、ぺたんと垂れる。 うわあああ、と。 エドワードは、またしても心の中で、叫び声を上げる羽目になった。 ただし。 今度は、驚愕ため、ではなく。 その仕草の、あまりの可愛らしさに、だった。 --- 話は、少し戻る。 「こんにちはー、タッカーさん」 「今日もよろしくお願いします」 二日ぶりにタッカー邸を訪れた、エルリック兄弟は、けれどいつまでたっても返って来ない返事に、互いに顔を見合 わせた。 「あれ?」 「誰もいないのかな?」 とりあえず玄関のドアに、鍵はかかっておらず。 「タッカーさーん?」 おそるおそる、足を踏み入れる。 「……んー」 三歩ほど進んだところで、エドワードが立ち止まった。 「どうしたの、兄さん」 アルフォンスが問いかける。 「……いや、何でも…」 それには、首を振って答えつつも。 エドワードはすっきりしない表情だ。 何が、とははっきりと言えない。 けれど、確かに何か、この家に足を踏み入れた途端、異変を感じたのだ。 かたん、とどこかで音がした。 「あ」 「居るみたいだね」 兄弟は顔を見合わせ。 「タッカーさぁん!」 声を揃えて、呼びかける。 少しの間をおいて、一番奥の扉から、タッカーが姿を現した。 「ああ……君たちか」 「……あの、今日も……」 そこで、アルフォンスの言葉は途切れた。 明らかにタッカーの顔色は悪く、何かにとり憑かれたような目をしている。 おかしい、と。 兄弟はまた顔を見合わせるけれど。 「ああ……私は研究がちょうどいいところでね、手が離せないが、書庫なら好きに見ていってくれていいよ」 それだけ言って、またそそくさと廊下の奥へと消えていく。 「兄さん……」 心配そうに、アルフォンスが呼びかける。 「ああ……嫌な感じだ」 タッカーの消えたドアをじっと睨んで、エドワードが呟いた。 どことなく重い気がかりを抱いたまま、その日も二人は書庫で本の山に埋もれて過ごしていた。 陽が傾き始めた頃、だったろうか。 門の前に車が止まったのに、アルフォンスが気付いた。 「……あれ?」 止まったのは、軍の車で。 なんの気なしに窓から見遣れば、見慣れた長身が降り立つところ。 「兄さん、ハボック少尉だ。 どうしたんだろ?」 夢中になっている時なら、まるっきり周囲の音など耳に入らないエドワードだが、ちょうど一冊終わったタイミング らしく、アルフォンスの言葉に顔を上げた。 「少尉?何だろうな」 自分達に呼び出しか、と立ち上がり、玄関へと下りていった。 「……何の、ことですかな」 「しらばっくれんな。 あんたが昨日、大佐を呼び出したのは分かってる」 玄関では、タッカーとハボックが押し問答中だった。 ハボックは、決して声を荒げているわけではない。 けれど、いつものハボックなら決して兄弟に見せることのない、凄みが感じられる。 「マスタング大佐はどうした、って聞いている」 耳に届いたハボックの台詞に、エドワードは、駆け出した。 「少尉!」 「おぉ」 「大佐、どうかしたのか!?」 「ん……いや、それをこれから綴命の錬金術師殿にお教えいただこうか、とね」 ハボックへ。 そして、タッカーへ。 視線を走らせたエドワードは、そして、今朝から感じていた「嫌な感じ」の、間違いではなかったことに気付いた。 「……っ!」 考えるより早く、足が動く。 二人に、背を向けて。 今朝、タッカーの消えていった、一番奥のドアの、その向こうへ。 「ま、待て」 追おうとするタッカーの肩を、ハボックが掴む。 「……それじゃ、案内して貰えますかね」 「大佐!どこだっ!?」 呼びかけに、応える声はなく。 腹立ち紛れに、どんと鋼の右手を壁に叩きつければ。 「……君達は何を……」 薄ら笑いを浮かべた、タッカーがハボックを伴って下りてくる。 その、タッカーの立つ書架の、さらに奥。 目立たないドアがもう一つあることに、エドワードは気付く。 「そこをどけっ!」 鍵のかかったドアを、力まかせに蹴り開けれて。 そうして。 そこで、エドワードが見たモノは。 「騒々しいぞ、鋼の」 あまりにこの状況に場違いな台詞と。 ありえないぐらい平然とした、いつもの表情と。 「な、な……」 ロイ・マスタング大佐の頭上で、ぴんと形良く立った二つの、黒い毛並みも滑らかそうな猫の耳と。 背後で揺れる、細く長い尻尾、と。 「何だよ、それーっ!?」 叫んだ自分の反応は。 平然としているロイ本人より、正しい行動のはず、で。 ありえない。 ありえない。 ありえない。 頭の中で、ぐるぐる回る、否定の言葉。 なのに。 ロイときたら、僅かに小首を傾げるだけで。 ぴく、と。 後ろで、尻尾が揺れる。 正体不明の動揺に襲われて、エドワードは絶句した。 かくして。 エドワードがあまりの非現実的な事態に、対処しきれなくなっているところへ、遅れて到着したハボック少尉は、少 なくともエドワードよりは、ロイ・マスタングという人間のある一面をよく理解しており。 それゆえ、立ち直るのも早かった。 「………はい」 手前に引き寄せて、証拠物件をロイの眼前に突き付ける。 「うわあああああ」 初めて耳にする、ロイ・マスタングの絶叫に。 ようやく、エドワードも、ロイが「分かっていなかった」ことに気付いた。 ………ありえねぇ。 先程とは、違う意味で。 先程とよく似た言葉を、心の中で、リピートする。 っつーか。 気付けよ。 ロイ・マスタングという人間は。 この三年あまりのつき合いで、エドワードが思ってきたよりも、ずっと「厄介」な人間、なのだ。 「おい、大将。 ……エド?」 「……えっ!?あ、ああ少尉、何?」 「大佐。 しばらく、見といて」 あれ、と。 ハボックが、指差す先には。 認識した状況を受け容れることに失敗して、ただただ呆然としているロイがいる。 「……ああ」 一体、何をどこからどう考えるのが正解なのか。 呆然としているロイを前に、力無く座り込んで。 そんなエドの後ろに、アルもちょこん、と座り込んで。 とりあえず。 どうしよう、と。 エドワードはのろのろと考え始めた。 国家錬金術師二人が、ただひたすら呆然としている間に。 とりあえずただの軍人であるハボックの行動は早かった。 まずは東方司令部に連絡を入れ、ホークアイ中尉にマスタング大佐の身に非常事態の起きたことを伝える。 同時に、タッカーの身柄確保するための、応援派遣を要請した。 ハボックの思ったとおり、すぐさま一個小隊を引き連れてホークアイがタッカー邸へと駆けつけた。 タッカーの身柄をとりあえず彼らに預け、当面の現実的な指示をホークアイが与えている間も、ロイの姿は決して誰 の目にも触れないように留意する。 ばさ、と。 頭から被せられたハボックの軍服の上着を、ひどく恨めしそうに、ロイは軍服の下から上目遣いに見上げたけれど。 幸い非常時に強い部下達は、差し迫った生命の危機とは無縁らしい上司の一大事にはさして動揺せず。 むしろ上司を放ったまま、さくさくと現実的な処理をこなして見せたのだった。 タッカーの錬金術により負傷した、というもっともらしい口実の下、頭からハボックの上着ですっぽりとくるまれ、 尻尾がはみ出ないように、横抱きに抱えられたマスタング大佐ご一行様の最後尾を、エドワードとアルフォンスは、の ろのろとついていった。 そうして。 やっとまる一昼夜ぶりに戻ってきた東方司令部の司令官室には、ロイを中心にエルリック兄弟、ホークアイ中尉以下、 いつもの面子が揃っていた。 「確かに猫、ですね」 「……まったく、何だっていうんだ」 疲れきったように呟くロイの頭上では、事態が夢でないことの証のように、ぺたんと黒耳が伏せられている。 「彼のしたことは人として許されることではありませんが……」 ホークアイ中尉は、そう言って言葉を切った。 ぴく、と視線の先で、漆黒の尻尾が跳ねる。 人として。 そしてマスタング大佐の近しい者として。 許される所業ではない、のだけれど。 怒りより先に、笑いと萌えがこみ上げてしまって、憤りになりきれない、のだ。 「こんなこと言っちゃいけないのは分かってるんですけどねぇ……」 銜え煙草のハボック少尉が、ぽつりと呟く。 「じゃあ言うな」 との、ロイの制止は一瞬間に合わず。 「……うっかり綴命の錬金術師に感謝しちまいそうっすよ」 ハボックの、台詞に。 ぴくぴく、と。 ロイの頭上の耳が震える。 その、あまりに愛らしい震えっぷりが、どうしても事態の深刻化を妨げてしまうのだ、とは。 さすがに気の毒すぎて、誰もロイにその事実を説明する勇気はなかった。 タッカーは、軍の監視下で拘束されることとなった。 ロイと猫の分離に関しては、タッカーの研究を再検討し、生体錬成に関して現時点での第一人者といって過言でない エドワードとアルフォンスが請け負うこととなった。 「一つ貸し、な」 にやり、とエドワードが笑う。 「まったく……その貸しの分も、後でタッカーの野郎から利息つけて取り立ててやる」 むす、とした顔でロイが応じる。 最初の衝撃からは、さすがに立ち直ったらしい。 とりあえず落ち着くと、若干の現実逃避を含みつつ、どうでもいいことでわいわいと騒いでしまいたくなるのが、過 大に過ぎるストレスに見舞われた後の心性だろう。 「しっかしその尻尾、どう生えてんすか?」 ぽつりと呟かれた、ハボックの台詞に。 「あ、俺もそれ気になってたんだ」 「そうですよね」 一同が、頷く。 一斉に視線を注がれ、ロイは僅か身じろいだ。 その場に居合わせた全員の視線が、目立つ頭上の耳から、軍服の下に隠れた尻尾のつけ根へと集まる。 「んじゃ、ちょっと失礼して」 当然の顔で、ハボックの手が、ロイの尻尾にかかる。 「離せ!」 むろん、ロイは抵抗する。 「大体!そんなものお前らが知って何になる!」 何になる、ってか。 ただの好奇心です、と。 さすがに胸を張って答える度胸は、ハボック達にはなく。 「そんなもの、何の解決の手段にもならないだろうが」 ロイの抗弁を、はーい、と手を挙げてエドワードが遮った。 「大佐」 「何だ」 「俺は大佐を元に戻すのが役目だし。 そのためにはどんな風に合成されてるのか、ちゃんと知っとかないといけないん だけど」 一見、真面目に。 けれど、最後にちらり口元に浮かんだ笑みに、誰もがエドワードの下心を確信した。 「……」 「んじゃ、そーいうことで」 国家錬金術師の特権、とばかりに。 ハボック以下司令部の面々に、ことさら愛想よく鋼の右手を振って、エドワードは左手でロイの右手をとると、あま りの非日常事態の連続に、いまいち抗いきれていないロイを引きずって、別室へと移動した。 ばたん、とドアを閉めて。 「大佐」 油断すると笑いがこみ上げてしまいそうな表情を、できるだけ真剣に見えるよう引き締めて、促す。 「……」 それでもしばし逡巡したようなロイだったが、あっさり覚悟を決めたのだろう、軍服の襟へと手をかけた。 ばさり、と乱暴に、脱いだジャケットを椅子に放り出す。 かちゃ、と音を立てて腰のベルトを外し、アンダーコートを同様に放り投げる。 ああ自棄になってるなぁ、とこっそり心の中でエドワードは思う。 ズボンのベルトを緩めたところで、ロイはエドワードに背を向け、呼びかけた。 白いシャツと少しずらされたズボンの間から、ぴんと伸びた黒い尻尾がまるで手招くかのように、一度左右に揺れる。 「……鋼の。 これでいいだろう?調べるなら、好きなだけ調べろ」 「はいはい……」 ちょっとだけ可哀相かも知れない、と思いながらも。 ためらいない動作で、エドワードはロイの白いシャツを捲り上げた。 無駄なく引き締まった背中は、予想以上に白く。 ついうっとりと視線を滑らせれば、その、背骨の終わる辺りに、不意に出現する漆黒の尻尾。 「ふうん……」 確かにそれは、そこから生えていた。 何気なく、指で触れれば、ぴくり、と身じろぐけれど、ロイはじっと堪えている。 それをいいことに、生え際を人差し指でなぞる。 人の背中と、猫の尻尾と。 継ぎ目は、驚くほど滑らかだ。 つう、と。 今度はある種の意図をもって、尻尾の付け根に沿って、指を滑らせる。 「っ!」 さっきより露骨に、ロイが反応する。 にや、と。 エドワードは、悪戯っ子の笑顔になる。 両手を伸ばして。 鋼の右手で、尻尾の付け根を掴まえて。 生身の左手で、するっと先端まで撫で上げる。 「うあっ……!」 途端、ひときわ大きな声が上がる。 うわぁ、と。 初めて発見したロイの弱点に、わくわくする。 けれど、残念ながら楽しい悪戯は、そのあたりが限界だったようで。 「鋼のっ!君はいったい何をしているんだっ!」 勢いよく振り返ったロイは、大きくエドワードの手を振り払う。 いや、正確には振り払おうとしたけれど、その時にはもうエドワードは一歩退いていたので、ロイの手は虚しく宙を 切っただけだった。 「何、って確認」 しれっとエドワードは答える。 「……何のだ」 ぴくぴくと眉間あたりを怒りに震わせながら。 それでも何とか冷静さを保とうと、ロイは抑えた口調で問い掛ける。 「この尻尾がさ、どれだけ大佐に融合してるのかなって思って。 でも本当に完全に融合してるんだね。 ……反応いいし」 「……」 言い返すことさえ忘れて、絶句しているロイに。 せっかくだから、追い討ちを一つ。 「あ、大佐。 顔、赤いよ」 「…………鋼の」 たっぷり三十秒は沈黙していたロイ・マスタング大佐は、それこそ地を這うような声で、エドワードの二つ名を呼ぶ。 「ま、大佐の身体のことは、これからゆっくり研究させて貰うから」 それが、容易ならざる道であることなら、人一倍分かっているエドワードだから。 だから、こそ。 あえて、笑って。 冗談と悪戯と、そして下心のオブラートで、包み込んで。 決意を告げた。 そうして。 「……精々頑張ってくれたまえ」 ロイは、といえば。 疲れきった顔で、他人事のように、偉そうにそう一言返すのがやっとだった。 エドワードの、一癖どころか二癖三癖ありそうな笑顔を前に。 もしかして、自分の今後は、色んな意味で怖ろしく前途多難だったりするのだろうか、と。 ようやく、本当に本気で、事態の深刻さを憂え始めたロイ・マスタングだった。 (続) '04. 14 第一話、エドロイ編、でした。 以後、ロイ総受け風味で、色んな人達が ますにゃんぐを可愛がってくれるはず、です。 先は長いようなので、 どうぞ、のんびり付き合ってやって下さいませ。

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