自由の森学園 やばい。 星野源の高校は?「自由の森学園」は教育校則なし、テストなし、授業中にギター弾く!?

校則なし、テストなし、授業中にギター弾く...星野源を生んだ「自由の森学園」のユニークすぎる教育方針! (2017年1月27日)

自由の森学園 やばい

時の文化系スター星野源を生み出した自由の森学園とは、いかなる学校なのか。 自由の森学園は1985年の創立以来一貫して学力偏重の画一的な教育にアンチテーゼを唱え、 「定期テストを行わない」「数字で成績をつけない」など、 独特な教育方針をとっていることで有名な学校。 菅原文太が理事長を務めていた時期もあります。 そんな自由な校風ゆえ、卒業生はバラエティに富んでおり、 SAKEROCKの元メンバー(星野源、浜野謙太、田中馨、伊藤大地、野村卓史)はもちろん、 永積タカシ(ハナレグミ、元SUPER BUTTER DOG)、日暮愛葉(SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HER)、 タレントのユージ、『ブラック・ラグーン』(小学館)の著者である漫画家の広江礼威、 『北の国から』(フジテレビ)でおなじみの吉岡秀隆など、クリエイティブな職種を選ぶ人も多い。 星野自身は、出身校の特殊な校風をこのように語っている。 「自由の森は、中高一貫の学校なんですけど、雰囲気は大学みたいなんですよ。 私服だし、中学は単位が必要ないので、授業に出なくても卒業できるという。 本当は授業には出なきゃいけないんですけど」 「授業に出ないと、もちろん先生は怒るんですけど、 僕は授業中にずっと、ギターの練習とか芝居のけいことかをやっていたので」 自由の森学園では自分自身で考える力を生徒に身につけさせることを目標にしており、 さらに表現教育に重きを置いているところも特徴的で、音楽は中学から高校まで6年間必修、 美術でも一般的な絵画の授業のみならず、大工や染織といった分野を選ぶこともできる。 卒業生にクリエイティブな職種の人が多いのも、こういったところに理由があるのだろう。 星野源さん曰く、 「小学校のとき、若干ちょっといじめもあったので、それで神経性の腹痛によく罹って、 通学路の途中までしか行けない、みたいになっていたんです。 一時期は毎朝、途中にあるスーパーのトイレに寄ってから行く、みたいなのが日課で。 それで遅刻が多かったので、これで公立はやばいぞ、 ということで、親が見つけてきてくれたのが自由の森だったんです。 自ら考えて選択する。 受け身ではなく、自分から考えて行動する。 そういう力を身につけることができたのはあの学校だったから」と言ってます。 「勉強ができること」と「知性」はまったく別のものだ。 そして、たとえ勉強ができなくても、 人々を惹き付ける音楽や演技、文章を発表できる「才能」と、 物事を俯瞰で捉え普通の人とは少し違う見方で切り取る「感性」はまさにこの学校に行ったからでしょうね。

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学校法人自由学園

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「シュタイナー教育」と聞いて思い浮かぶのはなんでしょうか? メディアを避ける教育、テストや点数による評価のない教育、自然に親しみなんとなく自由そうな教育…。 漠然と浮かぶのはそんなイメージでしょうか。 シュタイナー学園は長い時間をかけて築き上げられたシュタイナー教育独自のカリキュラムに沿い「芸術としての教育」「自由への教育」を行う小学校から高校までの12年間の一貫教育です。 いわゆる「普通」とは違うこともありますが、何より大事にされていること。 それは子どもが子どもらしく育つということではないかと思います。 一人一人の子どもが、その子らしく、その子に沿った成長をしていくのを手助けし見守る。 それがシュタイナー教育のおおきな特徴でもあると思います。 そんな意味では、一人一人の成長、一人一人の人生こそが「シュタイナー教育らしさ」なのではないかとも思います。 シュタイナー教育を受けた子どもたちは何を感じ、何を考え、現在一人の大人としてどのように社会と関わり、人生を歩んでいるのでしょうか?この連載では卒業生たちのインタビューを通して多彩な一人一人の物語の一端を、お伝えできたらと思います。 21歳の角田萌果さんは舞台俳優として活躍しています。 学園を卒業後、難関である新国立劇場の演劇研修所(俳優養成所)に合格・入所し、3年の研修期間を経て今年デビューを飾りました。 現在都内で一人暮らしをしながら、秋に開幕した舞台で忙しい日々を送られています。 引くっていう記号ひとつでも背景に物語を見せながら教えてくれることに『こんなにちがうんだ』と子供心に感じました。 わたしは最初公立の小学校に入学したのですが、公立学校の教員だった両親はシュタイナー教育に関心を持っていました。 それで「土曜クラス」という外部にむけた土曜日だけのクラスに通うことになったんです。 土曜クラスではシュタイナー学校で取り組むフォルメンやオイリュトミーを体験し、わたしがとても楽しそうにのびのびと過ごしている様子を見て、両親は転入を考えたようです。 当時はまだ学校法人化はされておらず、東京シュタイナーシューレというNPOのスクールでした。 それでも一学年20人ほどの学級で、三鷹に校舎がありました。 そこに2年生から正式に通いだしました。 公立の小学校で算数の計算法として、足し算や引き算を習っていました。 それがシュタイナー学園では、引くっていう記号を習う時に「狐の尻尾が伸びて…」というような例えと共に教わって。 引くっていう記号ひとつでも背景に物語を見せながら教えてくれることに「こんなにちがうんだ」と子ども心に感じました。 あとは朝学校に行くとクラスの子達が手仕事をして過ごしていて。 わたしもみんなと一緒に朝早く学校行って、手仕事をするのを楽しみにするようになりました。 羊毛を紡いだり染めたり、編棒も一から自分で作って、その編棒を使って編み物をしたり。 そうですね。 でもわたしは編み物は苦手で。 先生にも「萌果さんは編み物になると頭いたくなっていたよね」と今でも言われます。 低学年の頃はとにかく運動遊びがすきでした。 自由時間は缶蹴りや木登りをしたり、走り回って遊んでいました。 藤野の緑の中で育ったことはシュタイナー教育を受けたことと同じくらい大きなことだと思っています。 大きな変化は、当時三鷹のシューレの近くに家族で住んでいたのですが、法人化され藤野への移転が決まったことですね。 学園の移転に伴ってわたしたち家族もまずは引っ越しやすい高尾に移り、その1年後、5年生の時に藤野に自宅を構えました。 藤野に越してきて、放課後はやぶの中に秘密基地をつくったり山の中を駆け回って遊ぶようになりました。 もともと家族で登山をしたりキャンプにいったり自然に親しんでいましたが、自分が生活をする場所として、藤野の緑の中で育ったことはシュタイナー教育を受けたことと同じくらい大きなことだと思っています。 植物や陽射しの変化で季節の移り変わりを体に感じ、夜には真っ暗になるような生活がリズムを作り、気分を晴らしてくれると感じます。 正解を先生に教わるのではなく、自分達で教材のモチーフについて考察し、存在の意味を考えて問うていく行為がとても面白かった。 生まれて最初の記憶から今まで、起こった出来事や思うことを書くというものです。 何文字以上とか、どんなてテーマでとか、何も決まっていません。 それぞれの生徒が自分で全てを決めて、思うように書きます。 発表するためではなく見るのは国語の先生と自分だけ。 わたしは初めての記憶からその当時のことまでをノートに3冊分、書きました。 ちょうど他者と自分の違いに悩み、人間関係にストレスを感じていた時期でした。 悩んでいること、きっかけとなった出来事、苦しかったことをそのまま、うわーーーと書いていくことで、自分と向き合い、考えることができました。 もやもやと溜まっていたことを言語化していくことで、自分でも何だかよくわからないままだったものを受け止めていくことができたんです。 国語の先生とはそれができる信頼関係があったのですか? そうですね。 信頼関係ができていました。 きっと生徒それぞれ、深い信頼関係を結んでいた先生がいたと思うのですが、わたしにとってそんな先生の一人が「自分史」を担当していた先生でした。 シュタイナー学園では7年生から国語は専科となり、専門の先生に習います。 当時は不二陽子先生という先生が中等部高等部の国語を担当していました。 わたしは不二先生の国語にとても影響を受けたんです。 例えば近代小説比較という授業で3つの小説を読み比べた時。 「羅生門」を読んで、羅生門に出てくる「門」とはなんなんだろう?とみんなで考えたことがありました。 そんなこと考えたこともなかったのですが、まずそれぞれが門の絵を描いてきて。 皆でディスカッションしながら「門」という存在について考えていき、囲いがあってその中へ入るための入り口が「門」だよね、という結論にたどり着くんです。 正解を先生に教わるのではなく、自分達で教材のモチーフについて考察し、存在の意味を考えて問うていく行為がとても面白かった。 授業の中でそんな体験を重ねたことが、戯曲を分析し、バックグラウンドを調べ、それをもとに人物を想像して創っていくという、今の俳優という職業につながっていると感じています。 インタビュー後半では、進路を決めた経緯や卒業後の生活についても詳しく伺います。

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星野源の学歴は?子供時代・中学時代・高校時代・大学時代【学生時代まとめ】

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この気持ちは何なのでしょう・・・、4月12日に自由の森学園というところに高校生として入学しました、通学は1時間ほどです、友達は結構できましたが、時々しか話していません、この高校は自分が入りたいといった のですが、通ってもまったく楽しくないです、そればかりか家で一人でないてしまいます、親に高校やめたいといっても、中退だけは絶対だめどいいます この先僕はどうすればいいでしょうか、なんか人生が本当に真っ暗になってしまいました。 中学のときはすごく活発だったような気がします もうできるなら1時間もかけていきたくありません、本当になんなのでしょう、編入も考えましたが、まだまだ3ヶ月さきの話などになってしまいます、 僕はこの先どうすればいいでしょうか 男なのに本当に情けないと思います 補足daifugo8さん つまり自由の森に入ったことを後悔してるんですか? 自由の森はどうやら単位を引き継げないみたいです、なので僕はもう編入するとしたら全日制にはいけません、定時制か通信というわけです、これから自由の森でやっていっていいのでしょうか 3期卒業生です 自分も入学式初日に同じ気持ちになりました。 でも3年間学び卒業しました。 そして今感じていること・・・自からの手で未来を切り開いていく力を与えてくれたと自信を持って言えることです。 あなたは自森が何もしなくても、楽しさを与えてくれる場所と勘違いしていないでしょうか? 校則や規則又は制服 従っていると実は安心感があるんです。 規則を守っているから大丈夫という錯覚に気づけない。 いきなり自由にされると不安になるのは当然のことで、社会に出る時には同じ気持ちに成ったりします。 中学時代の友達より早く気付ける環境を手に入れたことを大切にしてください。 自森は自分の未来を自らの力で切り開くことのできる学校です。 自分も社長していますし、卒業生友達は活躍している人がほとんどです。 今二人の子供を自森で学ばせています。 一人はあなたの同級生です。 二人とも学校が楽しいと感じているようです。 自森は行動と考え方で楽しくなる環境に成ると思います。 もし自森が不安なら何時でも相談してください。 きっと、卒業生なので御両親とは違うアドバイスができると思います。 図書室の大江さんに頼んでもらえば気軽に紹介してくれますよ 自森の卒業生としてあなたの支えに成れたら幸いです。 一度逃出したら、また逃げる癖が付くと思います。 貴方にとって自森の3年間が、人生を変えるきっかけに成ると信じています。 PS 急いで書いたので乱文でごめんなさい。 自森生だった。 親に頼みこんで、入学したけど 入って間もなく同じ気持だった。 リベラルだとか、自由という言葉を乱発する教師が 実は最も陰湿だと知るには時間がかからなかった。 学校のいう自由は、教師側の自由であって、社会のアウトサイダーである教師達の居場所を確保するために、学校組織は必要だった。 生徒は利用されている。 気付いている生徒もいたさ。 発言が自由という癖に、いざ発言すると抹殺される。 教師の答えは最初から決まっているんだ。 親は学校の集まりに参加するたび、校長と理事長から「金」の話をされる。 寄付金、本の購入、バザーの購入、学校債。 気付いている教師もいる。 辞めていくか、黙っているか、校長の機嫌をとるか、下手に言って潰されるか。 自森の教師は結局、小さいんだ。 だから正論ぶって喚くんだあああああ。 たばこ、酒、暴力、非行、いじめ、普通の学校ならやばい事も、自森は日常の中に普通にあった。 男子寮で、新入生をみんなで素っ裸にして暴行したり、酒、たばこ、盗みは当たり前。 女子の陰湿ないじめを訴えた生徒が逆に無期限自宅謹慎だか退学をさせられたり。 大人と付き合って外泊もやりたい放題。 援交してたりして。 授業中は動物園。 保健室ではキモイやつが、生徒に薬飲ませたりしてたみたいだし。 問題起きると、生徒同士で解決させる振りして、しっかり教師も同じ嫌がらせをする。 (全員じゃないけど) 生徒の親たちも麻痺してるっていうか学校に洗脳されてる。 自分たちはリベラリストだと自負してるもんな。 真実しらないくせにさ。 井の中の蛙。 親は学校にいる訳じゃないから仕方ないけど。 学校から最もらしく並べ立てられた事を信じなければ、子どもを預けられないだろうというのもわかるけど。 子どもに危害及ぶのを心配してるのかもしれないか まあ他校じゃ無理だと諦めてるのもあるかも。 何の疑問も持たないのが一番怖い。 排除の論理がそこには確実にあった。 卒業式ではみんな大泣きする。 感激するって言うんじゃなくて、なんだか嗚咽したくなる心境だな。 虚しいんだか、悲しいんだか、不安なんだか・・・兎に角 「これで終わったあ。 」という感じ。 心から感涙するのもいるけど、どうなんだろうか。 一面からだけみると、裏側は見えないもんな。 卒業して山から出て、社会に適応できるのもいるし、いないのもいる。 社会に適応するって事は、彼らが否定してきた社会な訳だから、やっぱり矛盾している。 浅間山荘とは お・さ・ら・ば! >mayottemasu12さん 後悔先に立たず。 自分は入学式で違和感感じてたもの。 こんなのもありかもと自問自答はしたけど、あんな感じが毎日じゃちょっとねえ。 でも後悔したら さっさと方向転換したらいいじゃん。 一年生の一学期中だったら、全日制転入可能だよ。 どこの高校もまだ前期試験やってないから。 去年全日制に転校した一年生何人かいる。 全日制で転学受付中の高校いっぱいあるよ。 転学先の事は保証できないけど、まっ 自森よりはマシだと思う。 もし mayottemasu12さんが、行事好き、キャラバン好き、ビラ捲き奉仕、集会参加、荒廃した環境OK(自然はいいけど)なら 自森で3年間 壊れたトイレ、汚い学校、高額学費、朝鮮万歳思想、うるさい授業(殆ど中味無し)ずるい鬼さんと上手くやっていくしかないかもね。 クラス替えもないしさ。 うちの親なんか 相当金捲きあげられて怒っていた。 金額に見合ってない学校だって、詐欺だって。 親には悪かったと思ってる。 がんばれよ!.

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