愛さずにいられない 歌詞。 Kiroro 愛さない 歌詞

<歌詞和訳>Can’t Help Falling In Love (好きにならずにいられない)

愛さずにいられない 歌詞

大好きだった恋人と別れた後のやり場のない気持ちが歌われています。 「もっと一緒にいたかった」というのは、別れた以上どんなに願っても叶わない思い。 月日が流れても季節が変わっても、この思いが解消されない限り前には歩み出せませんよね。 彼女は左側、彼氏は右側。 特に決めたわけではなくても、なんとなくの定位置って友人同士でもありませんか? いつもそこにいた人がいなくなるわけですから、その寂しさと言ったらより一層増しますよね。 ガランとした空間が、切なさをより強く掻き立てるのかもしれません。 早く忘れた方がいいことは分かっているし、早く忘れたいと思うものです。 でも、実際キレイに忘れるなんてできませんよね。 なぜなら、楽しかった過去を「なかったこと」にするのにはそれなりの勇気が必要だから。 しかし、いつまでも思い出に浸っていたら前には進めません。 「もう一緒にいられないなら彼を忘れたい、でもできない」という切ない葛藤が、胸を締め付けますね。 忘れられないもの みなさんは恋人と別れた時、どんなことが記憶に残りますか? 楽曲中でも「恋人のことが忘れらない」「忘れる勇気が欲しい」と歌われていましたが、一体どのようなことが忘れられないのでしょうか。 記憶に残るのは、恋人とデートや旅行に行ったという思い出だけではありません。 たくさんの会話や、何気ない風景も記憶に残ります。 むしろその些細な記憶の方が、じわじわと胸を締め付けたりしますよね。 失恋から立ち直るのは至難の技。 傷心中は無理に前を向かず、失恋ソングに浸ってみるのもいいかもしれません。 ちなみに楽曲のタイトル『M』は、元彼のイニシャルを表していると言われています。 後半の歌詞にそのストーリーが出てきますので、ぜひ1曲通して聞いてみてくださいね。 TEXT ゆとりーな.

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’61Pops『好きにならずにいられない』(英語Ver)歌詞+コード+訳詞+練習動画付き ~ウクレレ弾き語り~

愛さずにいられない 歌詞

ソウル・ミュージックの先駆者として活躍してきたレイ・チャールズは、主に黒人音楽のレコードを扱っていたアトランティックとの契約が切れた1960年、きわめて好条件を提示していた大手のABC Paramount レーベルに移籍することにした。 しかし渋るレコード会社と心配するシドの思いをレイはあえて無視し、自分が本当に突きつめたい音楽に向かって進んでいった。 そうやって自力で大きな成果を挙げたのである。 きわめて良好な関係だった黒人向けのアトランティックから、いくら好条件だったとはいえ、レイが思い切って移籍したのは心の底に思うとことがあったからだ。 レイは子供の頃からよく聴いていて、しかも今もなお心のなかで鳴り響いている永遠の歌を集めて、それをカヴァーしてたくさんの人に聴いてもらいたかったのだ。 フロリダ州北部の田舎だった故郷にあったビットさんの店でジュークボックスから流れていた曲の数々、学校のラジオから聞こえてきた曲などを思い出してカヴァーしたのが、アルバム『ジーニアス・ヒッツ・ザ・ロード The Genius Hits The Road)』だった。 ビッグ・バンドをバックして知られている曲を取り上げたアルバムの成功で、レイは白人のマーケットにも好意的に受け入れられていく。 その象徴となったのが、シングルカットされて大ヒットした「我が心のジョージア」である。 白人向けにスタートしながらもABCは1961年にはジャズ専門レーベルのインパルスを設立し、アトランティックから移籍したジョン・コルトレーンがモダンジャズの第一人者になっている。 そんな時期にレイは念願だったカントリーのアルバム作りを、いよいよ実現しようと決意したのである。 私はシド・フェラーに電話をかけて、カントリー・ミュージックのスタンダードとなった名曲を集めるよう頼んだ。 シドは最初困っていたようだったが、何とか引き受けてくれた。 後に《ABC》の役員たちはやんわりと、品よく反対という姿勢を見せた。 彼らはこのアルバムが私のキャリアに傷をつけるかもしれないと語った。 また、私のファンがどれだけ今の私を愛しているかを話し、人によっては私に落胆する人も、離れていくファンもいるかもしれないと説明した。 私は彼らが言ってることを聞いて、理解もしたが、それでもその意見は無視してレコードを作った。 レイはもう何年も前から、さまざまなジャンルの融合を信じていた。 子供の頃に聴いて好きになった歌や音楽に関して、黒人のものだろうが白人のものだろうが、レイはいっさいの区別をしなかった。 ただ、心に残るいい歌だから、それを純粋に唄いたいといつも思っていたのだ。 しかしレコード会社は、マーケットやファン層について、どうしての過去の経験値から導き出した枠を当てはめてくる。 カントリーで大ヒットを飛ばすつもりはなかったし、商業的な戦略もなかった。 私はただヒルビリー・ミュージックを試してみたかっただけだ。 カントリーのラジオ番組『グランド・オール・オープリー』は田舎の子供時代からずっと私の頭の中で鳴り響いていた。 私はふたつのことにしか興味がなかった。 自分自身に誠実、純粋であることと、そして音楽自体に誠実、純粋であることだ。 レイに頼まれていたシドは名曲を150曲(!)にまで絞り込んで渡してくれたが、そのなかにカントリー歌手のドン・ギブソが1957年に自作自演した「愛さずにはいられない」があった。 それまでは決して有名な曲ではなかったので、レイのためにこれを選んだシドの功績は大きい。 シングルの「愛さずにはいれられない」は1962年6月2日から5週間、全米No. 1を獲得する大ヒットになった。 そしてアルバムもミリオンセラーとなり、ABCにとって初となるゴールド・ディスクが全米レコード協会から贈られた。 シドとレイの信頼関係は、この後もずっと続いていく。

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宇徳敬子 / 愛さずにはいられないの歌詞と動画

愛さずにいられない 歌詞

まだ、実らない恋なのでしょう。 「僕だけの君になれ」という歌詞に、自分のものにしたいのにできないもどかしさが滲んでいますね。 大好きな人に「好き」と伝えることは、なぜこんなにも難しいのでしょうか。 言葉で伝えられないから歯がゆく、ため息で愛を伝えようとしているところがかわいらしいです。 悩ましいため息の、その吐息に、恋心をしたためる…なんともオシャレな歌詞ですね。 伝えたいのは、たった5文字。 「アイシテル」とカタカナで表記することで、単なる愛の告白ではなく「僕」と「君」をつなぐ、魔法の呪文のようにも聞こえます。 この呪文は、2人が愛をつなぐまでは「僕」を苦しめる、不思議な言葉です。 「愛色目」という言葉に、ドキっとしますね。 好きな人がこちらを見ている、その時の目。 ツヤっぽく、色気のある目線が目に浮かびます。 長い髪が風になびき、そこから漂う香りまで感じられるような、色香溢れる歌詞が見事ですね。 彼女の色香に誘われて振り向き、視線がぶつかると、胸が締め付けられるように苦しくなるのでしょう。 そこにあるのは、甘いトキメキではなく、心や身体を締め付ける痛みです。 ---------------- ココロの声 カラダの叫び 伝えられないのは 僕ココロ弱虫? ハチ切れそうな恋の痛みに耐えながら、愛しい人へ思いを届けようとする必死さが、胸に迫ります。 抱きしめ合う仲なのに「アイシテル」が言えない関係。 「僕だけの君に」できない関係。 「僕」と「君」の関係は、どうやら一筋縄ではいかないようです。 四六時中、愛しい人のことばかり考えていても、行き着く先は心の迷路です。 手に入れたい愛も、独りよがりのまま、出口を探してさまよっているのでしょう。 たまらず叫び出しても、救いはありません。 ただ「アイシテル」の言葉を飲み込みながら「君」に熱い視線を送るだけ。 どうやら「君」は、自分のまとった色香で「僕」を誘惑する存在のようです。 その色気は無防備ではなく、どこかもてあそぶような、小悪魔的なものさえ感じますね。 手に入れることはできない苦しみ。 だからこそ「僕」は、耐えきれず叫び出すのです。 絞り出すような安田のシャウトが、苦しい心の内を表しているようで、引き込まれるフレーズです。 「君」と「愛」を求めてあえぐ声は、まさしく魂の叫びなのです。 ほとばしる愛の大きさ、思いの強さがにじみ出した歌詞ですね。 「僕ココロ君色」という歌詞の通り「僕」のココロは愛しい「君色」に染め上げられています。 寝ても覚めても、頭の中には「君」がいるのでしょう。 安田の造語は、どこまでもロマンチックで美しいですね。 「愛色」という言葉の響きに、愛する人から伝わってくる体温や鼓動まで感じます。 「君」がいないなら、もうダメになってしまうほどに深く愛し「君」を求める「僕」。 「もう離さない」という言葉の裏には「君」にも同じ様に愛してほしいという、切実な願いが滲んでいるようです。 「君」にとっての一番でありたい、かけがえのない人になりたい。 「僕」にとって「君」は、ずっと前から特別な人なのでしょう。 なのに、「君」はいつまでも振り向いてくれず、じらされてばかり。 男心をもてあそぶような、小悪魔的な女性像が目に浮かびます。 そんな女性をなんとか振り向かせようと必死になっている姿が切なく、可愛らしくも見えますね。 好きな人の前では、かっこよくプロポーズすることも、リードすることもできない。 ただ、さりげない仕草に感情をかき回され、翻弄されるばかりです。 そんな情けない姿を、愛おしくさえ思えるように描き出すのが安田章大です。 ---------------- Ah- 愛したいと思うのは 僕君の自由で Ah- 愛されたいと願うのは 僕の勝手なんだ 愛した僕の負けなのか? 愛された君の勝ちなのか? 君の都合の僕なのか? 愛する、愛さないは「君」の自由で「僕」の願いが聞き届けられるかどうかは「君」にかかっている。 何から何まで「君」に翻弄されるばかりの「僕」ですが、思い通りにならない「君」のすべてを「アイシテル」のです。 底なしの愛にはまり込んでしまった男の恋心。 その愚かさや切なさを、安田章大は見事に歌い上げました。 愛しても届かない辛さ、悩める心情を「愛裸色」「愛色目」「愛色」と、独自のセンスで表現するところがさすがです。 安田章大の生み出す楽曲の世界観を楽しみたい人は、ぜひ他の楽曲もチェックしてみてください。 TEXT 岡野ケイ.

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